光の世代と呼ばれる彼らと感じる大きな差。当時サラリーマンの僕が感じたこと。

僕は1992年生まれなんですが、この世代はよく悲劇の世代と言われたりします
節目節目に様々な災難を経験していることから、そう言われているのですが、例えば以下のような出来事を体験しています

1992年 誕生した年にバブル崩壊
1998年 小学校入学『ゆとり教育』はじまる
2008年 高校入学 入学式に『爆弾低気圧直撃』
2009年 新型インフルエンザ大流行 修学旅行中止の学校多数
2011年 高校の卒業式は東日本大震災、大学の入学式も自粛ムード

参考: NAVERまとめ

とまぁ、色々なことを体験している僕らの世代。
その一方で、悲劇の世代とは正反対の言葉を使って、光の世代なんて呼ばれ始めています

 

光の世代とは

以下の記事を読んで、1992年生まれが光の世代と呼ばれていることを知りました
「光の92世代」1992年生まれが起業する理由。目指すは「メイクマネー」ではない

詳細は記事を読んで欲しいのですが、近年メディアで取り上げられる若手起業家が1992年生まれが多いことから、そう呼んでいるそうです。

この記事では、何故1992年生まれが起業するのか、ということにフォーカスしていますが、僕がこの記事で書きたいことは違います。

光の世代として注目されている起業家がいる一方で、俺は何をしているんだ。
そう強く感じた昨年のサラリーマン時代の想いを自分へ言い聞かせる意味も込め、記事にしました。

 

俺は何をしているんだ

「光の世代」の記事を読んで、僕はこうツイートしました。

自分は自分。人は人。
これは良く自分に言い聞かせている言葉だし、他人と比較しても基本的に何もいいことはないと思っています。

それでも、同年代の彼らが強いパッションを持って挑戦している姿に、当時サラリーマンだった僕は強い敗北感を感じていました。

起業していない自分に思ったわけではありません。
彼らとは決定的にパッションの熱さが違う自分に強い憤りと喪失感を感じました。

お前は何をしてるんだ!、と。

 

当時の自分

僕は大学院を卒業し、東京のIT企業でエンジニアとして働いていました。
就活生に言いたい3つのこと。に偉そうに書いていますが、自分の価値観を前面に押し出して就職活動をしました。

就職活動時の価値観としては
・副業できないなんてあり得ない
・残業ばっかりなんてあり得ない

だったので、副業OKで残業も全然ない(勿論部署や時期によってはある)会社へ入社。
それなりに充実した日々を過ごしていました。

ただサラリーマン生活は仕事内容は日々異なるとはいえ、朝起きて満員電車に乗ってだいたい同じ時間に帰る、といったルーティンで圧迫感を感じるとともに、次第に会社の業務に対するモチベーションが下がっていました。

知らない知識が身につくこと、優秀な同期と仕事をすること、美味しい社食を食べること、楽しみは沢山あるのにモチベーションはあがらない

 

ドキュメンタリー番組

そんな時に一つのドキュメンタリー番組を見ました。
サッカー選手の本田圭佑選手が角界の著名人と対談するというもの。
その対談相手の一人が、光の世代の代表格でもあるクラシルの堀江さんでした。

言葉にするのは難しいですが、こうやる気をみなぎらせるいうか、今のままではダメだ、と強く奮い立たせてくる番組でした。

 
何にそんなに感化されたか。
堀江さんは自分の強いパッションを持ってクラシルというサービスを作っている
そして、クラシルは料理をする上で欠かせないサービス、だという人もいると思います。

その結果、日本人は誰もが知るであろう、海外でも有名なサッカー選手である本田圭佑さんと対等に対談ができる。
番組での発言によると、二人は既に面識があり、結構仲の良い間柄のようです。

この事実は僕にとっては結構大きなダメージというか、刺激になりました。
堀江さん凄いなって気持ちでは留まらず、自分がその場に全く立てるに値しないことへの悔しさ。

いや、そんなことよりも同世代の彼らがパッションを持って全力でチャレンジしている一方で、今を全力で勝負できていない自分に悔しさを感じました。

 

会社を辞めることを決意

番組を見た後、今の自分を振り返りました。

国立大学を出て
所謂大手IT企業に入って
ただサラリーマンをするだけでなく副業もしている

この生活を約三年間過ごして、会社を辞めて独立しよう。

正直、大学時代に思い描いたストーリーまっしぐらって感じでした。

 
あ、ここに悔しさの根源があるんだ。
想定通りの人生って俺嫌いなやつだ。ワクワクしないやつ。

今を精一杯生きている感がしない。
常に新しいことにチャレンジして、やりたいことをひたすら全力でやる

これが、おぐりん、という人間の生きがいじゃないか。

よし、会社を辞めよう。
会社を辞めることを決意した瞬間でした。

 

決意した後は早い

決意してからは早かったです。

仲の良い方、お世話になっている方、会社の上司に会社を辞める意図を伝える。
今もっともパッション持ってやれることを模索する。

だいたい2017年の10月くらいの話です。
そんな時に出会ったのが、後に一緒に独立するあきとです。
そこら辺の話は以下を読んでください。
新卒入社した会社を1年で退職し、ニュージーランドに旅立ちしました。

 

今の心境

まだまだ光の世代と呼ばれる彼らのような実績も認知も僕にはありません。
ただ当時と確実に違うのは、今は本気で実現させたい世界に向けて、nukumoというプラットフォームを通じ全力で挑んでいる、と力強く言えること。

本気でチャレンジしています。
誇りをもって、今やっているすべての活動にコミットしています。

この実感こそが本当に重要だと強く感じます。

 

さいごに

割と長文になってしまいました。
当時の自分の想いを振り返れるよう記事にしました。

会社に入社したときも1年後の自分へ(何年後だったかは記憶が曖昧)という手紙を書きましょう、というのがあったんですが、
やりたいことをやる、という気持ちを忘れれるなよ。独立したいであれば独立を選ぶ、会社にやりがいを感じているのであれば会社に残る。環境に飲まれることなく、自分の想いを貫け!
といったことを書いたんです。

この手紙を見る前に辞めたので、見ることはなかったんですが、それでも自分の中には強く刻まれています。
文字にする、と強く刻まれるんだなっていう良い体験をしたので、今回も書いてみました。

本当に想いのきっかけをくれた光の世代の彼ら。
彼らと競う必要は全くないし、そんな気も毛頭ないです。
ただ、自分の夢に向かって全力で挑んでいる姿は、僕にモチベーションをくれたのは間違いない。

よし!好きなことを全力でやるぞ!