お金という呪縛から解かれる日。僕らはお金がなくても生きていける。

僕はnukumoという資産共有プラットフォームを作っている。
nukumoでは、互いの資産(もの、スキル、時間などあらゆるもの)をお金を介さずにシェアし合うことで、生活に必要なお金の量を減らし、やりたいことに時間を割けるようになる。

野菜を育てる、家を作る、服を作る、英語を話す、が好きな人たちで互いに資産を共有し合う。
この規模の拡大は、生活コストを下げるだけではなく、自分の好きなことだけをして生きてくことに繋がっていく。

最終的には、お金というものがなくても生活できるようになる。
しかも、今のようにお金の呪縛に苦しむことなく、好きなことをして生活できる。

僕らが目指すのは、やりたいことだけができる世界

お金にふりまわされる人生に嫌気がさした

僕らはあまりにもお金というものを前提に物事を考えすぎている。

お金さえあれば、生活できるし、遊園地で遊べたり、旅行に行けたりする。
その一方で、お金がないことで将来に不安を抱く、やりたいことができない、ネガティブな感情も多く生んでいる。

お金を求めるあまりTakerになる自分

僕はお金を稼ぐことに必死だった。
お金さえあれば、自分の悩みの多くは解決されると思っていた。

それは間違いではなかった。
高校生のときからバイトをしていた僕は周りよりお金を持っていた。
大学に入ってからも、バイトもしていたけど自分で何かアクションしてお金を生むってことをやっていたので、これまた周りよりはお金を持っていた。

美味しいご飯を食べる
どこか素敵なところに旅行に行く

お金を理由にやらないを決断する、だけは嫌でとにかく稼ぐことを考えていた。

でも、ある日気づいた。
これくらいやれば○○円もらえるだろう、この視点でしか物事を捉えていない自分に。

例えば、もっとカッコよくHP作れるのに、金銭的リターンが少ないから全力でやらない。

ださい

率直な自分自身への感想だ。
Takeを前提にGiveをすることに居心地の悪さを感じていた。

お金はあとからついてくる

何も考えず、自分の全力を注ぐことに決めた。
見返りなんてわざわざ求めず、自分のやりたいことを全力でやる。

VRハッカソンはてなワールドなど僕自身には金銭的リターンが一切ないけど、自分が面白いと思うことをとにかくやってみた。

なんなら赤字になることもあった。

でも、こういった活動を通じ僕に信用を寄せてくれる人が増えた。
何か相談しても快く受けてくれる。
一緒に何かしようと声をかけると協力してくれる。

お金もあとからついてきた。
VRハッカソンをきっかけに知り合った三谷さん。
彼は後に僕が役員をすることになる会社の社長だ。

今でも不思議なくらい最初の出会いから僕に信用を寄せてくれており、受託制作という形で仕事をくれたりした。大学院卒業時には、役員にならないか、という話までくれた。

僕自身の能力を評価してくれたこともあると思う
でも、それ以上に僕が見返りを求めて何かを発信していなかったのが互いの信用構築につながったのではないかって思う。

今度、本人に聞いてみることにしよう。

見返りを求めるのではなく、自分の持てる力を全て出し切る
そんな人に価値が回り始めている。

信用を稼げ、なんて最近よく言うけど、まさしくその話。
良く分からないってい人はキングコング西野さんの本を読むといいと思う。

でもね、不十分なんだよって話

信用を稼げばお金にはいつでも変換できるって言うけど、僕はちょっと無理があるって思っている。

だって信用をお金に変えるって抵抗あるじゃん。

僕らは、nukumoを立ち上げる際クラウドファンディングをした。

それはそれは勇気が必要だった。
集まるかどうかの不安もあったし、そもそもよく思わない人もいるんじゃないかと。

結果はありがたいことに目標額に達することができた。
ただね、せっかく信用を稼いだとしても、生きていくために、何かしたいことを叶えるために必要なお金を得る行為がこんなに勇気のいることなのは、ちょっとどうかと思う。

それにさ、こういう信用をお金に変える術を知らない人もいるわけ。
今後も色んな信用をお金に変える装置がでてくる。

それを知っているか知らないか
情報格差がお金を得れるかどうかに差をつける。

情報を知っている云々ではなく、信用ある人には望む生活ができてほしい。
そうあるべきだと思う。

お金はこの世からなくせる

信用の新世紀という本を読んだとき、衝撃を受けた。
この世からお金が消える?そんな馬鹿な

Amazonの注文履歴をさかのぼると、2018年1月7日に購入したらしい。
この時は丁度nukumoの構想をあきとと一緒にあれやこれやと考えているときだった。

あれ?nukumoの先にある未来ではお金が必要じゃない

昔は結構お金必要なかったらしいよ

僕が生まれる前の話を年配の方から聞くと
今ほどお金はいらなかったよ、と言う。

地域のみんなで余った食べ物をあげたりもらったりしてた
困ったら誰かが助けてくれてた

確かに今ほど娯楽はなく
どこもかしこも自給自足をしてた時代だと
お金がそんなに必要じゃなかったっての頷ける

思い返してみると
うちも米を親戚からいつももらってたな

互いに助け合う
色々問題もありそうだけど、基本的には優しい関係性だったような気がする

お金が必要な理由

では、なんでお金が今は必要不可欠な道具なのだろうか。
その解答は、便利だから、に尽きる。

お米をあげる
その対価でお金を得る
そのお金を使った自分の必要な価値を得る

相手が何に価値を感じているかどうか分からない以上、お金に一度変換して交換する、という発想はとても合理的

人類が生んだ最も便利な道具だと思う
でも、この仕組みをお金以外で担えたらお金は不要ってことになる。

需要と供給のバランスを上手く調整するための仕組みを考えればいい。

物々交換が可能な時代

これだけ技術が進化した今なら人々の需要と供給を可視化することは容易。
誰が何をほしい、誰が何を提供できる、この可視化は凄く簡単だ。

あとは需要と供給のマッチングを上手くしてやれば、お金なしに交換はどんどん生まれる。

小さいころによく遊戯王カードの交換をしていた。
あのときは、友達と俺はこれがほしいってのを交渉して交換するか決めていた。

それをオンラインでやっちゃうイメージだ。
もちろん、いちいち交渉しててはお金より不便なので普及しそうにない。

ただ、そこはテクノロジーを使えばどうにかなる。
具体的にどうすればよいかは案はでてないけど、時間の問題でしょう。

みんな大好き人工知能がきっとどうにかしてくれる

nukumoが目指すのは物々交換じゃない

最初は僕らも物々交換を考えていた。
ただ、それだと需要が高いものを供給しなければ、というお金に依存した現代社会と何なら変わらない構図になる。

僕らはやりたいことだけができる世界を目指している。

そのためには物々交換ではダメだと思った。
もう自分の提供できるものを見返りを求めず、ただあげちゃえばいい。

僕ならHPの作り方が分かる
だから教えてって言われたら教える。そこにお金はとらない。

誰かに何かを教えるのは僕は好き。
だから特に見返りなんてなくても楽しんで教えれる。

それだと生活できないじゃないか、とツッコまれるだろう。
大丈夫、僕が人に何かを教えるのが好きなように、お米を作るのが好きな人がいるから。

野菜を育てる、家を作る、服を作る、英語を話す、が好きな人たちで互いに価値を提供し合えば、僕らは好きなことをして生きていける。

もちろん、互いに価値提供できる仲間に自分の必要な価値がなければ、お金を払って購入する必要はあるだろう。なので、すぐにお金を全く意識しなくて良くなるって話ではない。

ただ、互いに価値提供できる仲間の数を増やせば、どんどんお金の必要性は薄まってくる。そして最終的には、お金を意識することはなくなっていくだろう。

ちなみに、nukumoは自分のできること、今不要なものをアップロードして、必要な人が「それ使わせて!」ってお願いする仕組みになっている。

非常に単純な仕組みだけど、これだけでもお金の必要性はだいぶん減ってくる。

さいごに

お金がなくても生きていける日
僕はいずれ訪れると確信している。

お金をがっつり稼ぐ人
お金を意識せず信頼できる仲間と自分な得意なことをして助け合う人

これらを自由に選択できるし、このバランスを自分自身で決めることができるようになる。

これまでの僕は、お金に強く依存していた。
これからは少しずつお金を意識しない生活にシフトしていく。

nukumoの拡大と共にどんどんシフトしていく
お金を意識せず、自分な好きなことをして生活できる人の数を少しでも増やせたら僕はとても幸せだ。

少しでも僕らのチャレンジに興味を持ってくれた方はnukumoの活動について毎日ポストしているFBグループを覗いてくれると嬉しい。