
“めんどくさい”の正体は、無意識の防衛反応だった。避けてきたものにこそ、人生を変える入口がある。
公開日: 2025/10/11
こんにちは、おぐりんです。
ユングの言葉に、こんな一節があります。
「あなたが無意識にしていることが、あなたの人生を支配する」
自分で選んでいると思っていた行動や判断が、実は“無意識のクセ”によって動かされているかもしれない、ということを指す表現。
最近の自分の行動を振り返ってみても、「あれ?なんでこれ避けてるんだろう」と思うことがあるんですよね。
特に、「めんどくさいな」と感じた瞬間。
「めんどくさい」はただの怠けじゃない
僕自身、基本的に結構、めんどくさがり屋です。
たとえば、人間関係の微妙な調整とか、考えが合わない人との会話とか、すごくエネルギーを使うなと感じてしまう場面がある。
そのとき浮かぶのが、「うわ、めんどくさそう……」という感覚。
でもこの「めんどくさい」って、単なる怠けじゃないと思うんです。
実はその奥には、無意識に蓄積された“ストレス回避”のパターンがあるんじゃないか、と。
たとえば、過去に誰かと価値観が合わずに衝突した経験や、「わかってもらえない」と感じた孤独な時間。そういう体験を重ねてきた結果、僕の中で「これ以上ストレスを感じたくない」という思いが、めんどくさいという直感に形を変えて表れているのかもしれません。
「温度差」が無意識をあぶり出す
もう一つ、僕の中にはこんな感覚もあります。
“極端にワクワクするものと、そうでないものの温度差が激しい”
これは僕の創造性の源でもある一方で、その「ワクワクしないもの」に対する反応がとても冷たくなりがちという側面もあるんですよね。
この温度差が激しいと、自分でも気づかないうちに“避けるクセ”が生まれる。
つまり、「温度が低いもの=面倒なもの=ストレスの元」という無意識の図式が、知らず知らずのうちに出来上がっていたのかもしれない。
無意識は、気づかないまま人生を決めてしまう
そして、この「避けるクセ」が積み重なるとどうなるか。
気づいたら、自分の選択がすべて“無意識の判断”に支配されていた、ということになりかねない。
もちろん、無意識が導く選択がすべて悪いわけではありません。
でも、その選択が「自分にとって良くない」と感じるものであれば、そこから意識的に抜け出す努力が必要です。
僕の場合、日記を書いたり、ちょっとした深呼吸を挟んで自分の行動を振り返ることで、「あ、これ無意識に避けてたな」と気づく瞬間があります。
この気づきこそが、人生を“自動運転”から“自分でハンドルを握る状態”に戻すための第一歩になると思っています。
「めんどくさい」に一歩踏み込んでみると…?
じゃあ、その「めんどくさい」に、もし一歩だけ踏み込んでみたらどうなるでしょうか?
たとえば:
自分の“本当の好き”がよりクリアになるかもしれない
苦手だと思っていた人と、新しい形で関われるかもしれない
避けていた感情に触れることで、過去の自分を癒せるかもしれない
あるいは、踏み込んでみた結果「やっぱりやらなくていいや」と確信が深まることもあります。それでも十分意味がある。
重要なのは、無意識を意識化すること。
そのためには、「なんで自分はこう感じたんだろう」と立ち止まる習慣を持つことが何より大切だと、僕は感じています。
無意識のまま放置すれば、それは運命になる
ユングの言葉に戻ります。
「無意識を意識化しない限り、それは運命として現れる」
この言葉は、決して大げさではありません。
むしろ僕らの毎日は、“気づかなかった選択”でできていると言ってもいい。だからこそ、ほんの少しでもいい、立ち止まって、深呼吸して、自分に問いかけてみる。
「これ、本当に“自分の意思”で選んでる?」
その問いこそが、自分を縛る無意識から自由になるきっかけになる。
避けてきたものの中に、人生を変える入口がある。僕は、そう信じています。
