
理想を下げる勇気──想像に苦しまない生き方
公開日: 2025/10/18
こんにちは、おぐりんです。
“私たちは現実よりも想像の中で多く苦しむ。”
古代ローマの哲人セネカが残したこの言葉。
はじめて読んだとき、思わず「たしかに…」と深くうなずいてしまいました。
でも同時に、僕の中に湧き上がったのは、こんな問いでした。
「想像」は、本当に“敵”なんだろうか?
今日はそんな問いから始めて、
僕なりの「想像との向き合い方」について書いてみたいと思います。
苦しみの正体は“ギャップ”にある
僕は、想像というのは「理想とのギャップ」だと捉えています。
たとえば、こんな未来を思い描くことがあります。
「もっと影響力を持ちたい」
「もっと人に喜ばれる仕事をしたい」
「もっと自由に生きたい」
でも、ふと現実の自分を見ると、
「全然そこに届いてないじゃん……」と落ち込む。
この“届いていない感覚”。
それこそが、苦しみの源なんじゃないかと思うんです。
つまり、想像が悪いのではなく、想像と現実の距離感が苦しみを生む。
モチベーションの鍵は“確信の濃度”
ただ、理想と現実にギャップがあるからといって、
すべての人が苦しむわけではないんですよね。
むしろ、そのギャップが“燃える材料”になる人もいる。
じゃあその違いはどこにあるのか?
僕は、こう考えています。
「ゴールに行ける確信」があるかどうか。
未来に対して、どこかで「なんとかなる」と思える感覚。
たとえ道が見えなくても、自分の中に“進めそうな気がする”という実感があるかどうか。
それがモチベーションの源泉になっているんじゃないでしょうか。
感情が先にある。成果はあとからついてくる
振り返ってみても、起業したばかりの頃は成果なんてゼロでした。
それでもテンションが高かったのは、感情や体験の熱量が先にあったから。
まだ何も形になっていないけれど、
「なんかいけそう」という根拠のない自信。
この状態が、僕にとっての“確信”なんだと思います。
そしてこれは、他人の一言や、共に走る仲間の存在でも生まれる。
人との感情の共鳴によって、「もう少し頑張ってみようかな」と思える瞬間があるんですよね。
理想を下げることは、あきらめではない
でも、ずっと高い理想を掲げ続けていると、
確信が削られていくこともあります。
「なんでこんなに苦しいんだろう?」
「もう、前に進めないかもしれない…」
そんなとき、僕はあえて理想を“少し下げる”ようにしています。
「いまの自分にとって、ちょっと背伸びすれば届く理想ってなんだろう?」
目標の高さを再設計してみる。
そうすると、不思議と「やってみようかな」と思えることがある。
つまり、理想を下げることは、手応えを取り戻すための行為。
これはあきらめではなく、“再接続”のための選択なんです。
想像は敵じゃない。整えれば、味方になる
セネカは「想像に苦しむな」と言いました。
でも、僕は少し視点を変えて、こう思います。
想像は、扱い方次第で味方にもなる。
理想を描くことは、自分を未来へ導く力にもなる。
ただし、それが“今の自分”と結びついていなければ、
むしろ自分を追い詰めてしまう。
だからこそ、想像と現実の“距離”を整える技術が必要なんです。
たとえば:
感情や体験を先に味わって、確信を育てる
人とのつながりから、やれる感覚をもらう
一度立ち止まって、理想を再設計してみる
そんなプロセスを通じて、
僕たちは想像の中で苦しむのではなく、
想像と共に歩いていけるんじゃないかと思います。
「理想を下げる勇気」。
それは、想像に飲まれないためのひとつの方法です。











