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1992年8月9日、福岡県生まれ。
一般社団法人nukumo代表理事。

失敗は“科学”であり“文化”である──エラーを価値に変える組織の話

公開日: 2025/10/24

こんにちは、おぐりんです。

「失敗を恐れずに挑戦しよう」──そんな言葉は、組織や教育の現場でよく聞かれるようになりました。

でも、こう思ったことはありませんか?

"それって、言うは易しじゃない?"

結果が出なければ評価されない。ミスをすると「なぜ?」と詰められる。そんな空気の中で、果たして人は“失敗から学べる”のでしょうか?

心理的安全性という言葉が注目される今、改めて問い直したいのです。

アージリスの問い──"Learning is easier when error is valued."

組織心理学者クリス・アージリスの有名な言葉に、こんな一節があります。

“Learning is easier when error is valued.”

訳すと、「エラーが価値あるものとされるとき、学習は容易になる」。

これは単なる「失敗を恐れるな」という精神論ではありません。アージリスは、人が本質的に学習するためには、自分の“誤り”に気づき、それを検証し、修正できる環境が必要だと説きました。

言い換えれば、エラー(意図と結果のズレ)を共有し、それを組織の知として蓄積できるかどうかが、組織の学習力を左右するのです。

結果主義だけど、結果で評価するな

私自身、教育現場やコミュニティ運営に関わる中で、こんなジレンマを感じることがあります。

結果は大事。でも、結果だけで評価されるのは危うい。

結果主義を否定するつもりはありません。成果を出すことは組織として当然の責任です。

ただし、「結果」だけを切り取って評価すると、そこに至る思考やプロセスが置き去りにされてしまう。

たとえば、100点を取った生徒がいたとします。

その100点の裏にある、工夫、仮説、努力、方法──それが組織にとって本当に価値ある“学び”なのに、私たちはつい「すごいね!」で済ませてしまう。

逆に、20点だったとしても、その背景に「挑戦」や「未知への試行」があるなら、それは未来の成果への種かもしれない。

だから私はこう考えています。

結果は“観察データ”であって、“評価軸”ではない。

失敗が共有される組織文化とは

じゃあ、どうすれば“失敗の科学”が根づく文化になるのでしょうか?

私なりに大事にしているのは、以下のような視点です。

1. ミスを共有した人を、称える

失敗談を語ることは勇気がいります。
だからこそ、最初に「やらかした話」をしてくれた人には拍手を送りたい。

それが文化の種火になるからです。

2. 「改善した」より、「気づいた」ことを評価する

改善は結果、気づきはプロセス。
「これに気づいた」という言葉が交わされる現場は、学習が循環している証拠です。

3. 失敗を学習資産として残す

プロジェクトレビューの中で、成功要因と同じくらい失敗の要因も残す。
「あの時の判断、何がズレてた?」という問いが次の成功を生みます。

エラーは“過去”だが、学びは“未来”を変える

アージリスは、組織に蔓延する「防衛ループ(defensive routines)」──すなわち、誤りを隠し、対話を避ける行動様式を問題視しました。

たとえば私自身も、チームがギスギスし始めると、つい“理想を守るために対話を控える”というループに入りがちです。

でも、それでは何も変わらない。

誤りを認め、語り、修正できるという営みは、単なる「正しさの回復」ではなく、組織が未来をつくるための“エネルギー変換”なんだと思います。

まとめ──失敗を、語れるチームに

「失敗から学ぶ組織」とは、失敗を許す組織ではなく、失敗を語れる関係性を育てる組織です。

そのために必要なのは、制度やスローガンではなく、日常の小さな問いやリアクションの積み重ねなのかもしれません。

あなたの現場では、どんな“誤り”が語られていますか?

そして、その語られた失敗が、次の挑戦の灯火になっていますか?

私たちの文化は、そこから始まるのだと思います。

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