
失敗は“科学”であり“文化”である──エラーを価値に変える組織の話
公開日: 2025/10/24
こんにちは、おぐりんです。
「失敗を恐れずに挑戦しよう」──そんな言葉は、組織や教育の現場でよく聞かれるようになりました。
でも、こう思ったことはありませんか?
"それって、言うは易しじゃない?"
結果が出なければ評価されない。ミスをすると「なぜ?」と詰められる。そんな空気の中で、果たして人は“失敗から学べる”のでしょうか?
心理的安全性という言葉が注目される今、改めて問い直したいのです。
アージリスの問い──"Learning is easier when error is valued."
組織心理学者クリス・アージリスの有名な言葉に、こんな一節があります。
“Learning is easier when error is valued.”
訳すと、「エラーが価値あるものとされるとき、学習は容易になる」。
これは単なる「失敗を恐れるな」という精神論ではありません。アージリスは、人が本質的に学習するためには、自分の“誤り”に気づき、それを検証し、修正できる環境が必要だと説きました。
言い換えれば、エラー(意図と結果のズレ)を共有し、それを組織の知として蓄積できるかどうかが、組織の学習力を左右するのです。
結果主義だけど、結果で評価するな
私自身、教育現場やコミュニティ運営に関わる中で、こんなジレンマを感じることがあります。
結果は大事。でも、結果だけで評価されるのは危うい。
結果主義を否定するつもりはありません。成果を出すことは組織として当然の責任です。
ただし、「結果」だけを切り取って評価すると、そこに至る思考やプロセスが置き去りにされてしまう。
たとえば、100点を取った生徒がいたとします。
その100点の裏にある、工夫、仮説、努力、方法──それが組織にとって本当に価値ある“学び”なのに、私たちはつい「すごいね!」で済ませてしまう。
逆に、20点だったとしても、その背景に「挑戦」や「未知への試行」があるなら、それは未来の成果への種かもしれない。
だから私はこう考えています。
結果は“観察データ”であって、“評価軸”ではない。
失敗が共有される組織文化とは
じゃあ、どうすれば“失敗の科学”が根づく文化になるのでしょうか?
私なりに大事にしているのは、以下のような視点です。
1. ミスを共有した人を、称える
失敗談を語ることは勇気がいります。
だからこそ、最初に「やらかした話」をしてくれた人には拍手を送りたい。
それが文化の種火になるからです。
2. 「改善した」より、「気づいた」ことを評価する
改善は結果、気づきはプロセス。
「これに気づいた」という言葉が交わされる現場は、学習が循環している証拠です。
3. 失敗を学習資産として残す
プロジェクトレビューの中で、成功要因と同じくらい失敗の要因も残す。
「あの時の判断、何がズレてた?」という問いが次の成功を生みます。
エラーは“過去”だが、学びは“未来”を変える
アージリスは、組織に蔓延する「防衛ループ(defensive routines)」──すなわち、誤りを隠し、対話を避ける行動様式を問題視しました。
たとえば私自身も、チームがギスギスし始めると、つい“理想を守るために対話を控える”というループに入りがちです。
でも、それでは何も変わらない。
誤りを認め、語り、修正できるという営みは、単なる「正しさの回復」ではなく、組織が未来をつくるための“エネルギー変換”なんだと思います。
まとめ──失敗を、語れるチームに
「失敗から学ぶ組織」とは、失敗を許す組織ではなく、失敗を語れる関係性を育てる組織です。
そのために必要なのは、制度やスローガンではなく、日常の小さな問いやリアクションの積み重ねなのかもしれません。
あなたの現場では、どんな“誤り”が語られていますか?
そして、その語られた失敗が、次の挑戦の灯火になっていますか?
私たちの文化は、そこから始まるのだと思います。











