こんにちは、おぐりんです。「幸せを数値化できるとしたら測りたいか?」この問いは、僕自身に“幸福の定義”を改めて考えさせてくれました。幸福は数値化できるのか?結論から言えば、幸福はとても主観的で相対的なものであり、絶対的な数値化はできないものだと思っています。幸福の基準は人によって異なり、同じ出来事で幸せを感じる人もいれば、何も感じない人もいます。だから、何を基準にして幸福を測るのかは非常に難しい課題です。それでも、あえて幸福を数値化するとしたらどうするか?と問われたとき、僕が考えたのは「幸福の流通総額」で測るということでした。幸福の“流通総額”とは何かECサイトで「流通総額」という概念があります。プラットフォーム全体でどれだけの商品が流れたのかを見る指標です。この考え方を幸福に置き換えると、自分だけが幸福である状態よりも、自分が関わる人々や目にする社会全体の幸福度が高まる状態こそが、自分にとっての幸福であると言えます。瞬間的な自分の幸福度(利益率)が高くても、その周囲にいる人たちが不幸であれば、その幸福は長続きせず、感謝されることもありません。逆に、関わる人たちがそれぞれの幸せを感じ、周囲が笑顔でいる状態が増えるほど、自分も幸福でいられるのではないかと考えています。他人の不幸に注目してしまう社会と幸福日本では不倫やスキャンダルのニュースが非常に注目されます。僕はこの背景に「自分が幸福でないから他人の不幸を気にする」という心理があるのではないかと思っています。幸福な人は、他人の不幸にそこまで関心を持ちません。つまり、幸福な人が増える社会になればなるほど、社会全体で“不幸なニュース”への関心は減り、結果的に幸福の流通総額が増えていくのではないかと考えています。幸福を流通させる生き方僕が目指したいのは、「自分の幸福」だけでなく、「関わる人々の幸福」「社会の幸福」の流通総額を増やす生き方です。自分が直接接する人、共に働く人、そして目にする社会の人々がそれぞれの幸福を感じている場にいること。それこそが、自分にとっての幸福なのだと思っています。もちろん「幸福の流通総額」を正確に数値化することはできません。しかし、その方向性を意識し続けることで、自分の行動や選択が変わっていくと信じています。幸福とは自分一人で完結するものではなく、周囲の人々と共鳴し、広がっていくものだと思います。あなたにとっての“幸福の流通総額”とは何でしょうか?あなたの周囲の人が笑顔でいるとき、あなたはどんな気持ちになりますか?もし今、自分の幸福について立ち止まるタイミングが来ているのなら、少しだけ「周囲の幸福」に目を向けてみてください。そこに、あなたらしい幸福のヒントが隠れているかもしれません。本記事は、「コラム記事の達人」を活用し、録音した音声データから約10分で作成しています。「コラム記事の達人」は、nukumo社が提供する業務改善ツール「Aidia」の一機能です