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OGURIN.com

1992年8月9日、福岡県生まれ。
一般社団法人nukumo代表理事。

AIが仕事を奪うの意味を考える。手段が価値だった時代の終わり。

公開日: 2026/5/4

こんにちは、おぐりんです。

最近、AI時代の働き方について考えている。

よく言われるのは、「AIに仕事を奪われるのではないか」という不安だ。たしかに、その恐怖はある。自分が積み上げてきたものが急に通用しなくなるかもしれない。そう考えると、怖さを感じないと言えば嘘になる。

でも、自分が感じている恐怖は、少し違うところにもある。
それは、前提が変わっているのに、自分だけ古い地図を握り続けてしまうことへの恐怖だ。

怖いのは、仕事が消えることだけではない

エンジニアの世界では、もともと学び続けることが当たり前だった。
新しい技術が出て、トレンドが変わり、使われる言語やフレームワークも変わっていく。だから「学ばないといけない」という感覚は、昔からあった。

ただ、今起きていることは、単に新しい技術を覚える話ではない気がしている。
もっと根本的に、仕事の成立条件そのものが変わっている。

たとえば Anthropic社(Claude Code)、 Open AI社(Chat GPT)ともに、公式HPにて社内コードの大半をAIが書いていると説明している。

現時点でどこまで人間の仕事が置き換わっているかは、外から正確には分からない。それでも、少なくとも「AIは一部の作業を助けるもの」という理解だけでは、もう足りないところまで来ているように思う。


一部ではなく、かなり多くの手段がコモディティ化していく。
ここが大きい。

手段が価値だった

これまでは、手段そのものに価値があった。

プログラミングができる。
デザインができる。
資料を作れる。
分析ができる。
経営企画ができる。
文章が書ける。

もちろん、それぞれの中には深い専門性がある。簡単な話ではない。
それでも社会の中では、「できること」そのものが価値として扱われてきた。手段を持っていることが、その人の市場価値になっていた。

でもAIによって、その構造が大きく変わっていく。
コードを書くことも、デザインを作ることも、情報を整理することも、資料にまとめることも、どんどん安く、速く、大量にできるようになる。

そうなると、問われるのは「何ができるか」ではなくなる。

何のためにそれを使うのか。
誰の、どんな感情や課題に向き合うのか。
そもそも、何を作るべきなのか。

手段そのものの価値が下がっていくなら、人間の価値はもっと手前に戻っていくのだと思う。

では、本質的な価値はどこにあるのか

本質的な価値とは何か。
この問いを考えるとき、自分は日常の中に戻ってくる。

自分は何を嬉しいと思うのか。
何に心が動くのか。
何を面白いと思い、何を放っておけないと思うのか。

手段で嬉しいのか。
それとも、その手段によって誰かの状態が変わることが嬉しいのか。

仕事が需要と供給で成り立つものだとすれば、価値は「手段を持っていること」だけでは決まらない。誰かが本当に求めているものを見つけ、それに届く形で提供できるかどうかにある。

AI時代に大事になるのは、たぶん、問いを立てる力だ。

何が問題なのか。
誰が困っているのか。
何が喜びになるのか。
何を変えるべきで、何を変えなくていいのか。

AIは手段を広げてくれる。
でも、その手段をどこに向けるのかは、まだ人間が考えないといけない。

教育で考えたいこと

自分の人生のテーマは、やっぱり教育にある。
教育を考えるとき、これから大事になるのは、子どもたちに手段だけを渡すことではないと思っている。

もちろん、基礎的な知識や技能は必要だ。計算ができること、文章を読めること、言葉で考えられること。そういう土台はなくならない。

でも、それだけでは足りない。
子どもたちが、自分は何に心が動くのかを知ること。楽しい、悔しい、もっと知りたい、なんでだろう、という感覚を見逃さないこと。

大人ができるのは、答えを先に渡すことだけではない。
むしろ、本人が楽しいと思っていることの中から問いを見つける手伝いをすることだと思う。

その子が何に反応しているのか。どんなときに目が変わるのか。どんなことなら、時間を忘れて考え続けられるのか。

そこに、その人の価値の種がある。

今を生きながら、問い続ける

未来を考えることは大事だ。
でも、未来のことだけを考えて、今を生きることが薄くなってしまうのも違うと思う。

僕らは、この時間も生きている。
今の仕事があり、今の生活があり、今向き合っている人がいる。その中で全力でやることは、やっぱり大事だ。

ただ、その全力の中で、自分に問いかけ続ける必要がある。

今やっていることは、本当に価値につながっているのか。
自分は手段にしがみついていないか。
前提が変わっているのに、見方を更新しないまま進んでいないか。

AI時代の働き方は、単にAIを使いこなすことではないのだと思う。
手段が価値だった時代から、問いが価値になる時代へ。

その変化の中で、自分は何に心が動き、誰にどんな価値を届けたいのか。

うかうかしていられない。

でも、それはただ焦るということではない。

思考を止めずに、今を全力で生きながら、自分の問いを更新し続けるということなのだと思う。

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