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OGURIN.com

1992年8月9日、福岡県生まれ。
一般社団法人nukumo代表理事。

情熱は「見つけるもの」ではなく「出会うもの」だと思う

公開日: 2026/4/6

こんにちは、おぐりんです。

人と話していると、よく出てくるテーマがあります。

「情熱ってどうやって見つけるんですか?」

これ、会社の中でも話しますし、顧問している高校でも話しますし、
同年代のパパやママと話していても、やっぱり出てくる話題です。

たぶん多くの人が、

「情熱がある人は強いよね」

という感覚は共有していると思います。

ただその一方で、

「じゃあそれってどうやって見つけるの?」

ここになると、一気に難しくなる。

情熱は“見つけるもの”なのか?

ここで、僕はひとつ違和感があります。

そもそも情熱って、“見つけるもの”なんでしょうか?

例えば、A・B・Cの中から選ぶみたいに、

「これを選べば情熱です」

みたいなものではない気がしています。

どちらかというと、

内側から湧き出てくるもの

無我夢中とか、一心不乱とか、
そういう状態に近いもの。

だから僕の感覚では、

情熱は“選ぶ”というより、“出会う”に近い。

そう思っています。

情熱がない状態は、別に悪いことじゃない

ここで大事だと思っているのが、

「情熱がない自分はダメなんじゃないか」

と考えすぎなくていい、ということです。

生きていれば、そういう時期は普通にあります。

むしろ、ずっと情熱がある状態の方が珍しい。

だから、情熱がない状態を問題にするよりも、

情熱に出会える状態にいるかどうか

の方が大事なんじゃないかと思っています。

同じ毎日では、情熱には出会えない

ここが一番重要なポイントです。

もし毎日、同じことだけを繰り返しているとしたら、

そこに情熱がなければ、
新しく情熱が生まれる可能性はかなり低い。

なぜかというと、

出会いが増えないから。

情熱は選ぶものではなく、出会うものだとすると、

そもそも“出会い”がなければ、
情熱が生まれることもない。

コントロールできるのは「出会いの量」だけ

じゃあどうすればいいのか。

ここで重要なのは、

情熱そのものはコントロールできない

という前提です。

タイミングもあるし、
そのときの自分の状態もあるし、
巡り合わせもある。

でも、ひとつだけコントロールできるものがある。

それが、

どれだけ体験しているか

です。

新しいことに触れる。
新しい人に会う。
今までやってこなかったことをやってみる。

そうやって、

情熱の“種”と出会い続けること

これだけは、自分で設計できる。

教育や組織でも同じだと思う

これは、顧問している通信高校でもよく話します。

「アウトプットを頑張ろう」
「もっと努力しよう」

もちろんそれも大事なんですが、

そもそもその前に、

情熱の種と出会っていない状態で、熱量は上がらない

と思っています。

だから大事なのは、

どれだけ体験を用意できるか。
どれだけ出会いを作れるか。

その中で、

「これ好きかも」
「これなら熱量を注げるかも」

というものに、たまたま出会う。

情熱は、コントロールできない。でも、出会いは増やせる

情熱があるかどうかは、ある意味結果論です。

あとから振り返って、

「あのとき自分は情熱があったな」

と気づくものだと思っています。

だから、無理に見つけようとしなくていい。

その代わりに、

出会いを増やす。体験を増やす。

そうやっていく中で、

ある日ふと、

「これだな」

と思えるものに出会うことがある。

僕は、そんなふうに情熱は生まれるんじゃないかなと思っています。

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