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1992年8月9日、福岡県生まれ。
一般社団法人nukumo代表理事。

問いが増えるほど、自由が縛られる?──“動ける問い”の哲学

公開日: 2026/1/10

こんにちは、おぐりんです。

先日、インターン生からこんな言葉をもらいました。

「選択肢や考えることが増えるほど、逆に動けなくなる気がします。」

とても印象的な言葉でした。
選択肢が増えて自由度が増しているのに、むしろ不安や迷いが増えていく。考えれば考えるほど、自己否定や焦りに飲み込まれてしまう。そんな感覚を持つ人は、意外と多いのではないでしょうか。

表面的には“自由”が増えているのに、内面では“不自由”が増している。
今日はその矛盾について、少し整理してみたいと思います。

問題は「問いの数」ではなく、「問いの質」

結論から言うと、問題は「問いが多いこと」ではありません。
本質的な原因は、「問いの質」と「問いの向き」です。

人は問いを増やすことで自由になることもあれば、逆に自分を縛る問いを量産してしまうこともあります。つまり、問いが多い=良い でも 悪い でもない。

大切なのは、その問いが“どこへ向かっているか”なんです。

自由を縛る問いの特徴

自由を奪う問いには、ある共通点があります。

  • 答えが「YES/NO」「成功/失敗」に固定されている

  • 失敗したときのダメージを過剰に想定している

  • 自分ではコントロールできない前提を含んでいる

たとえば──

「これを選んで失敗したら人生終わりじゃないか?」
「この選択は正解なのか?」
「今決めないと取り返しがつかないのでは?」

これらは考えているようで、実は行動を止める問いです。問いを重ねるほど、身動きが取れなくなっていく。

例え話1:分かれ道が多すぎるゲームマップ

一本道のゲームは、考えなくていいが自由もない。
一方、分かれ道が増えると、選択の自由が増える、、、はずなのに。

「どれが正解ルートか?」
「間違えたら詰むのでは?」
と考え始めた瞬間、一歩も進めなくなるんです。

でも実際には、多くの道は途中で戻れるし、寄り道にも経験値がある。
“取り返しがつかない前提”で問いを立てることが、自由を不安に変えているのかもしれません。

例え話2:白紙のノートは一番不自由

「何を書いてもいいノート」は一見、自由です。
でも、最初の一行がなかなか書けない。

テーマや制約があるほうが、むしろ筆が進む。
自由とは「制約がないこと」ではなく、扱える制約の中で動けることなのだと思います。

問いを“評価”から“探索”へ

自由を縛る問い:

  • 「正解はどれか?」

  • 「失敗したらどうする?」

自由を広げる問い:

  • 「どれなら一番学びが多いか?」

  • 「最悪どうなる? それは本当に致命的か?」

  • 「ダメだったら、次に何が残るか?」

問いを“評価”から“探索”に切り替えるだけで、思考は自分の味方になります。

なぜ問いが増えると苦しくなるのか

構造的には、こういう順で苦しくなっていきます。

  1. 問いが増える

  2. その問いがすべて「正解探し」になる

  3. 判断基準が外(世間・将来・評価)に寄る

  4. 自分の中で決められなくなる

  5. 行動が止まり、「自由が怖い」状態になる

つまり、問いが多いのは悪くない。
けれど、問いを整理せずに抱え込むと、自分を裁く装置になるんです。

まとめ:自由とは「問いを選び直せる状態」

自由とは「選択肢が多い状態」ではなく、「問いを自分で選び直せる状態」。
問いを減らす必要はありません。むしろ、“自分を縛る問い”を“動ける問い”に言い換えられるかが鍵です。

問いが増えて苦しいとき、あなたは考えすぎているのではなく、問いの立て方が自分を縛っているのかもしれません。

あなたはいま、どんな問いに縛られていますか?
その問いを少しだけ、動ける形に言い換えてみてください。
きっと、自由はそこから始まります。

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