
情熱は「育てる」ものじゃない|nukumoが求める主体性と覚悟の話
公開日: 2026/2/24
こんにちは、おぐりんです。
今日は、少しだけnukumoという組織の根っこにある思想について書いてみようと思います。
最近、関わってくれるメンバーが増えてきました。本当にありがたいことです。
でも人数が増えるほど、「何を大切にしている組織なのか」を、改めて言葉にしないといけないと感じました。
これはルールの共有ではありません。
覚悟の共有です。
nukumoは“会社”であり、“思想実験の場”でもある
まず大前提として、nukumoは会社です。
仕事をする場所であり、責任を持って価値を提供する組織です。
ただ、それだけではありません。
私たちは「自由は、つくれる」というミッションを掲げています。
つまり、既存の正解に乗るのではなく、自分たちで問いを立て、行動し、社会に提案していく側に立とうとしている。
これは、単なる業務遂行型の組織とは少し違います。
完成された答えがあるわけではない。
指示を待てば道が示されるわけでもない。
問いを持ち、自分から関わり、形にしていく。
その姿勢が前提になる共同体です。
私たちが本当に見ているのは「能力」ではない
よく誤解されますが、私たちが見ているのはスキルや才能ではありません。
できることと、やりたいことは違う。
能力が高いからといって、情熱があるとは限らない。
むしろ「できるけど、別にやりたくない」という状態も存在します。
私が大切にしているのは、WANTです。
内側から湧いてくる欲求。
それはポジティブな憧れかもしれない。
「こんな世界をつくりたい」という理想かもしれない。
あるいはネガティブな怒りかもしれない。
「こんなのは嫌だ」「変えたい」という原体験かもしれない。
どちらでもいい。
大切なのは、外から与えられた目標ではなく、内側から出てくるエネルギーであることです。
情熱は“育てる”ものではなく、“見つける”もの
よく「モチベーションを上げる」「情熱を育てる」という言葉があります。
でも私は、情熱は誰かが外から植え付けるものではないと思っています。
環境は影響を与えることができる。
火がついたあとに、それを大きくすることはできる。
でも最初の火種は、本人の内側にしかありません。
だからこそ、私たちは“火をつける組織”ではなく、“火種をばらまく組織”でありたいと思っています。
いろんな経験の機会をつくる。
挑戦の場を用意する。
その中で「これかもしれない」と思えるものに出会う。
やってみる。
違うと感じる。
また試す。
そのプロセスの中で、内側のWANTが輪郭を持っていく。
でも、その探索をする気がない人が、火を配る側に立つのは違う。
そこに私は、強い違和感を持っています。
なぜ「主体性」にこだわるのか
Slackでの小さなリアクション。
メンションへの返信。
自分ごととしての発言。
それらは単なるマナーの話ではありません。
そこには「関わる意思」が表れます。
主体性とは、大きな挑戦をすることだけではない。
小さな行動の積み重ねです。
私たちは、やる気のある人と働きたい。
関わる意欲が、行動として表に出ている人と、未来をつくりたい。
それは強制ではありません。
働く場所は選べる。
人生の選択肢は一つではない。
だからこそ、ここにいると決めたなら、ベストを尽くしてほしい。
自由と責任は、セットです。
私たちが目指しているもの
nukumoは、誰かの夢を実現するためのプラットフォームでありたいと思っています。
事業を大きくすることも大事。
社会に価値を届けることも大事。
でもそれ以上に、
ここを通じて「自分のWANTを見つけ、形にした人」が一人でも増えること。
それが私にとって、本質的な成功です。
そのために、私たちはリソースを使う。
機会をつくる。
環境を整える。
ただその代わりに、
自分のWANTに向き合い、努力しようとする仲間を、全力で支えてほしい。
火を持つ人同士で、互いの炎を大きくしていく。
それが、nukumoという共同体の在り方だと思っています。










































