
若者は本当に“政治離れ”しているのか?──会話を通じて見えた希望のかたち
公開日: 2025/8/10
こんにちは、おぐりんです。
「若者の政治離れ」とよく言われます。
でも本当に、関心がないのでしょうか?
それとも“冷めた”のではなく、“冷めざるを得なかった”のでしょうか?
この問いに向き合いながら、最近の選挙やSNSの動きを見て、私が感じたことを少しだけ綴ってみたいと思います。
「遠い存在」ではなくなった瞬間があった
この前の参院選。
私は、ある意味とてもポジティブな風を感じました。
特定の政党に対して、ここで議論を行いたいわけではありません。ただ、あの選挙で確かに「動き」がありました。SNSで候補者の発信が広がり、いくつかの新しい政党が議席を獲得し、与党も議席を減らしました。
単なる批判ではなく、「期待」が票になった。そう感じました。
もちろん、投票率はまだまだ高くない。
それでも、選挙というタイミングで「政治について会話する人」が身近に増えた感覚がありました。
小さな行動が、社会とつながる実感
たとえばSNSでの拡散や、友人との会話。
それだけでも、ちょっとした“関わり”になる。
政治というと堅く構えてしまうけれど、実は「考える」「話す」「感じる」だけでも、十分なスタートラインだと思うんです。
特に今回感じたのは、「与党への不満」ではなく、「他の選択肢への期待」が空気としてあったこと。それは、社会が変わる瞬間の兆しではないかと思いました。
政治ではなく、「会話」が社会を動かす
私自身、政治家でもなければ評論家でもありません。
でも、友人との会食や日常の中で社会の話をする。
それだけで、十分“政治的”な行動だと思っています。
たとえば選挙の時だけではなく、普段からディスカッションができる社会へ。
政治家だけじゃなく、インフルエンサーや市民が一緒に語れる場が増えれば、政治はもっと日常に近づいていくのではないでしょうか。
「選挙中だけ盛り上がる」のではなく、「選挙が終わってからが本番」。
それを続けていけるかどうかが、今後の社会の質を左右する気がしています。
私が大事にしている“対話のスタンス”
政治に「正解」はありません。人それぞれ、生き方や価値観が違うから。
だからこそ、ディスカッションが大切なんだと思います。
相手の意見の“良い側面”を見つけた上で、自分の意見を伝える。
たとえ考えが違っても、「違って当然」という前提で話す。
その“前提のやさしさ”があるだけで、会話はすごく豊かになります。
会話を絶やさないという選択
選挙に行くことだけが「政治参加」ではありません。
日々の会話の中で、誰かと社会のことを話す。それも、立派な関わり方です。
そして、会話を続けることで社会は少しずつ動いていく。
「若者の政治離れ」と言われる時代に、私はむしろ「若者が政治に触れはじめた」と感じています。
あなたの言葉や視点も、社会にとっての“新しい風”になるかもしれません。
今日、誰と何を語りますか?
