こんにちは、おぐりんです。目的は、目的を持たないときにもっともよく達成される。― ヘンリー・デイヴィッド・ソローこの言葉に出会ったとき、正直ピンときませんでした。僕は、「目的を持つから行動できる」「方向を決めるから前に進める」と考えているタイプです。だからこそ、この逆説的な言葉に、どこかモヤっとした違和感を覚えたんです。目的は「世界を開くコンパス」僕にとって目的は、世界を狭めるものではなく、広げるためのコンパスです。目的を持つことで、人生の無限に広がる選択肢に方向を与えられる。その“方向づけ”がないと、エネルギーが散ってしまう気がするんです。だから、目的はあったほうがいい。それが僕の感覚です。「目的を持たない方がうまくいく」と言われても、うーん……としか思えなかった。やっぱり、目的があるから努力できるし、考えられる。目的がないままじゃ、動けない。僕にとって目的は、やる気の燃料みたいなものなんです。「目的を持たない」とはどういうこと?ソローの言葉を読んで、「目的を持たない」ってつまりどういうことなんだろうと考えました。それは、“目的を放棄する”という意味ではなく、“執着しすぎない”ってことなのかもしれない。僕の中で「目的を持つ」と「目的に縛られる」は違う。目的は持つけど、固めすぎない。そのくらいの“遊び”があっていい。でも、そういう感覚は、理屈というより体感で理解するものなんだと思います。「遊びが大事」とか「余白が必要」と言われても、ピンとこない時期もありました。ただ遊びや余白の中からヒントを得る経験を通じて、今はその意味がよくわかります。「遊び」の中に見えるヒント僕が思うのは、目的を持って動くからこそ、その“外側”にヒントを見つける時間があるということです。目的に向かって考えているときって、頭がすごく集中している。でも、ふと気が抜けた瞬間や、別のことをしているときに「そうかも」って閃くことがある。それは、“遊び”というより“息抜き”に近い感覚。その時間が、結果的に目的につながることもある。全力で遊べ、というよりは、“全力で動いているとき以外の時間”に見えてくるものがある。それくらいのニュアンスで、僕は「遊び」と向き合っている感じです。「目的に遊びがある」とき、流れが生まれる目的を持つのは大事。でも、がっちり握りしめると動きが鈍くなる。ちょっと余白を持っていた方が、結果的にうまくいく気がする。目的に“遊び”があると、心に余裕ができる。その余裕が、自然な流れを生むんじゃないかと思う。だから僕は、「目的を持つけど、遊びを残す」くらいのバランスがいいんじゃないかと思っています。結び:目的の中に“遊び”を残しておく目的を持つことは、僕にとって生きる力そのものです。でも、その外側にある“ゆるさ”や“遊び”を忘れないことも大事なのかもしれない。「目的は、目的に遊びがあるときに、もっともよく達成される。」この言葉は、まだ僕の中で完全に腑に落ちているわけじゃない。でも、わからないまま考えてみる時間が、意外と気持ちいい。“目的を持つ”と“目的を外す”。その行き来の中に、これからの僕が見つかっていく気がしています。