menu

好きなことをやる。全部やる。

OGURIN.com

1992年8月9日、福岡県生まれ。
一般社団法人nukumo代表理事。

人間関係の均衡は、考えないことにしている

公開日: 2025/12/17

こんにちは、おぐりんです。

“Not everything that counts can be counted.”
(アルベルト・アインシュタイン)

この言葉を聞いたとき、僕は「人間関係」そのもののことを言っているように感じました。社会の中で暮らしていると、どうしても「フェアであること」が正義のように語られます。誰がどれだけ与えたか、どれだけ受け取ったか。そうした“見えるフェア”を整えようとする。

でも、人との関係において、その均衡を数え始めた瞬間、どこかが冷めていく感覚があるんです。そこには数字では測れない温度や信頼、時間の流れのようなものがあって、数えることによってその空気が壊れてしまうように感じるのです。

フェアは“測るもの”ではなく“感じるもの”

以前、僕は「市場規範」と「社会規範」についての記事を書きました。
(引用:https://ogu-rin.com/blogs/20250313

市場規範は、お金や取引を前提にした関係。
社会規範は、思いやりや信頼を前提にした関係。

この二つを混ぜた瞬間に、関係はぎこちなくなる──そう書きました。お礼にお金を渡した途端、空気が変わるように。社会規範の世界に市場の物差しを持ち込んでしまうと、関係の質そのものが変わってしまうんです。

たとえば、友人に引っ越しを手伝ってもらって「ありがとう、これ少しだけど」とお金を渡したときの微妙な空気。あれは“誠意”ではなく“取引”のように変換されてしまう瞬間です。僕たちは気づかぬうちに、関係を市場の言葉に置き換えてしまっているのかもしれません。

ただ、あの記事ではまだ触れきれていなかったことがあります。それは、「じゃあ自分はどうしているのか」という話です。僕自身がどんなふうに人との関係を保っているのか、どんな基準で「心地よさ」を感じているのか。

その部分を、今日は書いてみたいと思います。

均衡を“考えない”という選択

僕は、人との関係でフェアを考えることをやめました。

もちろん「相手にばかり与えることが美徳」なんて思っていません。でも、誰かとの関係を数値的に管理することに意味を感じなくなったんです。なぜなら、均衡が崩れるサインは、数字ではなく自分の感覚の変化として現れるからです。

「与えたくなくなったとき」
それが、僕にとってのバランスの崩れです。

もらったかどうかではなく、与えたいと思えているかどうか。そこに違和感がないうちは、与え続けていい。見返りを考えない方が、関係が柔らかく保たれる気がしています。

この姿勢をとるようになってから、驚くほど気持ちが軽くなりました。人の反応に一喜一憂しなくなったし、「自分ばかり損している」と思う瞬間も減りました。むしろ、与えること自体が自分を満たしてくれるような感覚がある。フェアを“守るため”に生きるより、フェアを“感じるため”に生きる方がずっと自然なんです。

数えないことで守れる関係

均衡は大切だと思います。でもその定義は、人によって、関係によって、フェーズによってまったく違う。だからこそ、「均衡しているか」を数値で判断すること自体が無理がある。

子どもと親、祖父母と孫、師匠と弟子
どれも、不均衡なまま成立している関係です。それでも美しく続いていく。そこにあるのは“数値的なフェア”ではなく、“気持ち的な納得”なんだと思います。

「ありがとう」と言葉を交わすだけで成立する関係もあれば、何も言わずに支え合う関係もある。どちらが正しいかではなく、その関係の“呼吸”に合っているかどうかがすべて。僕はその呼吸を壊したくないから、数えないようにしているんです。

人との関係をフェアにしようと頑張ると、どこかで疲れてしまう。誰がどれだけ与えたかを数え始めると、次第に「条件付きの優しさ」になってしまう。だから僕は、数えない。

数えないというのは、無関心になることではありません。むしろ、相手への信頼と自分への誠実さを信じる行為です。信頼は、数字では測れないけれど、ちゃんと伝わるもの。与えることを恐れず、見返りを求めずにいられる関係は、少し不器用だけれど、どこまでもあたたかい。

まとめ:与えたいと思えるうちは、それでいい

アインシュタインの言葉を借りるなら、

数えられないものの中にこそ、本当に数えるべき価値がある。

僕は、そう解釈しています。

人間関係の均衡は、考えないほうがうまくいくことがある。もらうことよりも、「与えたい」と思えるかどうか。それが、僕にとってのフェアの定義です。

そして、もし与えたくなくなったら──そのときが、手放すタイミングなのかもしれません。どれだけ関係が長く続いていても、無理をして与え続ける必要はない。与えたくないと思う自分を責めるのではなく、「もうこの関係は役目を終えたのかもしれない」と受け入れる。それもまた、誠実さの一つの形だと思います。

数値では測れない優しさ、信頼、愛情。そうした目に見えないものこそ、僕たちを人間らしくしてくれる。だからこそ、僕はこれからも“数えない”ことで、人とのつながりを守っていきたいと思っています。

HOMEkeyboard_arrow_rightBLOGSkeyboard_arrow_right

人間関係の均衡は、考えないことにしている

ポッドキャストも毎日更新中