
ジャッジをしないという生き方──出来事の意味は“後から”変わる
公開日: 2025/12/18
こんにちは、おぐりんです。
先日、とある方と話していて「ジャッジをしない」という言葉を聞きました。その考え方がすごく印象に残っているんです。
「良い」「悪い」とすぐに判断せず、ただ“起きた”こととして受け止める。一見シンプルですが、とても奥が深いなと感じました。
たとえば、何かの賞を取ったとき。周囲は「すごいね!」「頑張ったね!」と褒めてくれますよね。もちろんそれは嬉しいし、誇らしい瞬間です。でも、「これは良いことだ」とジャッジすることで、どこかで自分が天狗になったり、他人を見下してしまったりするかもしれない。そうすると、せっかくの出来事も違う意味を帯びてしまうかもしれない。
そんな話を聞いたんです。
つまり、“今”の時点で出来事にラベルを貼る必要はないということ。良いことも悪いことも、時間が経ったときに「そういう意味があったんだ」と気づく。そのプロセスこそが大切なんじゃないかと思いました。
「良かった」「悪かった」は、未来の自分が決める
僕自身、大学1年生のときにバイク事故を起こして1ヶ月ほど入院したことがあります。あの時は本当に最悪だと思いました。授業も出られないし、友達とも離れるし、何より「なんで自分が…」と落ち込んでいました。
でも、退院してからの時間を振り返ると、あの入院期間こそが転機だったと気づくんです。暇すぎて、自分の将来や生き方について考える時間がたっぷりあった。その時間がなければ、今の自分の考え方や行動はまったく違っていたかもしれません。
当時は「悪い出来事」と思っていたけれど、今では「必要な出来事だった」と感じています。だから、あの時に“ジャッジをしなかった”ことが、結果的に自分を前に進めてくれたんだと思います。
ジャッジを手放すと、人生は軽くなる
「ジャッジを下す人」ほど、心が疲れやすいのかもしれません。良いことを求め、悪いことを避けようとする。でも、そもそも出来事はニュートラルで、それをどう意味づけるかは自分次第なんですよね。
僕らができるのは、「今できるアクションを取ること」だけ。起きたことを「良かった」「悪かった」と決めつけず、「この出来事をどう活かせるだろう?」と考える。その姿勢が、過去をポジティブに変換していく鍵なんだと思います。
そして面白いのは、「良い」「悪い」と判断せずにいられるようになると、出来事に振り回されにくくなるということ。心の中の重荷が減って、軽やかに動けるようになる。これが、「ジャッジをしない」生き方の実践的な価値なんじゃないでしょうか。
物語は“後から”つくる
結局のところ、僕たちは後になってから自分の人生の物語をつくっているんだと思います。その時点ではわからなくても、時間が経つことで「意味」が生まれる。
だからこそ、“今”の出来事を焦ってジャッジせず、少し距離を置いて見つめてみる。そうすることで、どんな出来事もいずれ自分を支える物語に変わっていくはずです。
あなたにとって、今は“良いこと”に見えない出来事も、未来のどこかで「必要だった」と思える日が来るかもしれません。だからこそ、今日もただ一歩、前に進めばいい。ジャッジをしないことで、人生はもっとやさしく、もっと自由になっていくのだと思います。









































