こんにちは、おぐりんです。「やりたいことがわからない」「まずは行動してみよう」よく耳にする言葉です。でも、実際に“やってみる”ことのハードルは想像以上に高い。頭ではわかっていても、心が動かない。その「間」にあるものを、ずっと考えてきました。キャリア研究や発達心理学の分野では、ここ10〜20年で定説が変わりつつあります。やりたいこと(情熱・興味)は、最初から内側にあるものではなく、行動を通して後から形成されるそう示す研究が増えているのです。たとえば、「情熱は発見するものではなく、育つもの」(キャロル・ドゥエック系の研究)や、「適職感は経験量に比例する」(キャリア構築理論)など。つまり、「好きなことを見つけてから動く」ではなく、「動いてから好きになる」という順序が、人の成長プロセスとして主流になっているのです。でも、この話にはもう一段、重要な問いがあるように思います。好奇心の“幅”が行動を決める私はこれまでの経験の中で、「好奇心」こそが行動の燃料だと感じてきました。ただし、その好奇心にも“向き”があるのではないかと思っています。もともと僕の好奇心は、自分の「やりたい」「面白い」と思う方向に向いていました。でも、起業を通じて大きな壁にぶつかり、そこから視点が変わりました。「知らないことを知らないままにしておくこと」が、致命的な損失につながる、そう痛感したのです。自分には興味がなくても、それを面白がっている人が世の中にいる。だから、それを知ることは、自分の人生にとってポジティブだと解釈できるようになった。この転換によって、僕の好奇心は“自分の内側”から“他者や世界の側”へと拡張しました。結果として、「やったことがないことを一回やる」というルールを、自分に課すようになったんです。好奇心は「ある/ない」ではなく「育つ」発達心理学では、赤ちゃんには誰でも好奇心が備わっているとされています。違いが生まれるのはその後、つまり、環境と体験の積み重ねです。「触ってみたらうまくいった」「怒られなかった」「知らないことを責められなかった」こうした経験が積み重なることで、人は「世界は探索しても安全だ」という感覚を得ます。逆に、否定される体験が続けば、好奇心は抑圧されていきます。だからこそ、行動するために必要なのは“才能”ではなく、“安心して探索できる感覚”。好奇心は生まれつきの性格ではなく、行動と納得の積み重ねで後天的に強化されるのです。「一旦やってみなよ」が届かない理由よく「一旦やってみなよ」と言われますが、それが響く人と響かない人がいます。その違いは、好奇心の“向き”にあると感じます。すでに好奇心が自分の外側に広がっている人つまり「自分以外の何かを理解したい」という欲求を持てる人には、この言葉は行動のきっかけになります。でも、まだ世界との間に心理的な距離がある人にとっては、「やってみなよ」は単なる無責任な言葉に聞こえる。だからこそ、行動を促す前に「好奇心が育つ環境」を整えることが先なんです。「好きなこと探し教育」はなぜ失敗するのか「好きなことを見つけよう」「情熱を持とう」教育の現場ではよく聞く言葉です。けれど、これを“内側から探す”前提で教える限り、多くの人が立ち止まります。本当に必要なのは、「自分が反応できる対象」を広げること。つまり、“好奇心の幅”を育てることなんです。行動すれば情熱が生まれる。けれど、その行動を支える燃料は、好奇心というエネルギーです。だから、教育やキャリア支援の文脈でも、「やりたいことを探す」よりも「世界を面白がる回路を増やす」ことが重要だと思っています。まとめ:「好奇心の向き」が人生を変えるやりたいことは、やってからしか見つからない。けれど、やるための最初の一歩は、“好奇心の向き”で決まります。自分の興味を超えて、他者や世界に目を向けること。そのとき、行動は“義務”から“探索”に変わる。好奇心が拡張されるたびに、人生の選択肢も増えていく。だから僕は、これからも「やったことないことを一回やる」というルールを続けていきたいと思っています。やりたいことは、行動の中で育っていくその瞬間の驚きと発見こそが、人生を豊かにしてくれると信じています。