
AIが全部できる時代、あえて“やりたいこと”だけをやるという選択
公開日: 2025/6/30
こんにちは、おぐりんです。
生成AIの進化によって、模倣が高速化され、“それっぽいもの”が誰でも簡単につくれる時代になりました。
僕はこの状況を、希望としても、危機としても受け取っています。
なぜなら、誰でも魔法のように何かを生み出せるということは、
その“魔法”の価値が下がるということでもあるからです。
模倣が加速する時代、頭を使う“深さ”が問われる
AIが簡単に模倣できる時代、価値があるのは「模倣できない部分」です。
僕自身も、文章を書くときや何かを企画するとき、
AIの力も、自分の頭も、どちらも全力で使わないと、
「ちゃんと価値がある」とは言えない時代だなと感じています。
特にビジネスの場では、
誰でも何でも作れる時代だからこそ、
“なぜそれをやるのか” “誰のためにやるのか”が問われるようになる。
逆に言えば、自分の夢や表現を実現する手段としては、
こんなにいい時代はないのかもしれません。
“非効率”にこそ宿る、創造性とエモーション
僕が好きなサッカー観戦って、すごく非効率な体験です。
猛暑の中、遠くのスタジアムまで足を運び、
自分じゃない選手たちのプレーに興奮し、感情を爆発させる。
それにお金まで払うって、合理的に考えたら不思議なことですよね。
でも、そこにあるのは“体験の価値”であり、
“自分がそこにいる意味”なんです。
これはオンラインでも同じ。
誰にでも受けるものより、「あの人に刺さる」「あえて手間がかかる」
そんなエモさや泥臭さにこそ、価値があると感じています。
好きなことは自分でやる。それ以外はAIでいい
僕自身、思考の整理をすることは好きなので、
AIの力を借りながら自分の頭で考えて整理しています。
逆に、好きではない業務や単純作業は、AIにどんどん任せる。
この両極端の線引きが、これからどんどん明確になっていく気がしています。
好きなこと=手間をかけたいこと。
好きじゃないこと=効率化して自由な時間を生み出したいこと。
僕は今、デジタルの領域で仕事をしていますが、
それが「非効率なものを効率化する面白さ」があったから好きだったんです。
でも今、その非効率すら当たり前になりつつある時、
「本当に自分の喜びはそこにあるのか?」と問い直しています。
もしかしたら、10年後にはオンラインの仕事をやめているかもしれません。
AIが当たり前になった世界で、僕らは何を選び、何を手放すのか。
その答えは、“自分の好き”や“自分らしさ”の中にあるのかもしれません。
あなたは、何をAIに任せて、何を自分の手でやりたいですか?
本記事は、「コラム記事の達人」を活用し、録音した音声データから約10分で作成しています。「コラム記事の達人」は、nukumo社が提供する業務改善ツール「Aidia」の一機能です












