
“言いにくいこと”を言える人が、本当に大人なのか?
公開日: 2025/7/18
こんにちは、おぐりんです。
「“言いにくいこと”をちゃんと言える大人になれてる?」
この問いが最近、静かに自分の中に刺さりました。
若い頃は勢いで言えていたことが、今は口にするのをためらってしまう。
それは、気遣い? 成長? それとも、自分へのブレーキ?
本記事では、「言いにくいこと」とどう向き合うかについて、経験と考察を通じて掘り下げてみたいと思います。
“言いにくい”には、ちゃんと理由がある
まず最初に、「言いにくい」という感情が生まれる背景には、多くの場合“関係性”が影響しています。
– 言ったあと、関係が壊れるのではないかという不安
– 相手を傷つけてしまうかもしれないという気遣い
– 自分の本音をさらけ出す怖さ
この「ブロック」──つまり、何らかの“歯止め”が存在するからこそ、僕らは言葉を選ぶ。
ただ、すべての“言いにくさ”に立ち向かうべきとは思っていません。
大切なのは、それを「言う意味」が自分の中にあるかどうか。
若い頃は、全部言っていた
20代の頃は、思ったことをそのまま言うタイプでした。
「意見を持つのは良いことだ」「率直に言った方が信頼される」──そんな信念を持っていたし、実際にそう言われることもありました。
でも、気づいたんです。
“何でも言う人”が、結果的に誰からも大切にされなくなることもある。
場を乱し、相手の心を無視し、言葉が“鋭利な刃”になってしまうこともある。
それからは、「言う前に、一呼吸」を意識するようになりました。
言うべきとき、言わなくてもいいとき
“言いにくいこと”を言うかどうか。
それを考えるとき、僕の中に2つの軸があります。
① 自分のために言うとき
たとえば、自分の感情が限界を超えて辛くなっているとき。
相手に攻撃するのではなく、「僕はこう感じている」という感情として伝えること。
これは、相手のためというより、“自分のために自分の声を守る”という意味で大切だと思っています。
② 相手のために言うとき
これが難しい。
「相手のために言うべきだ」と思っても、実はそれが“自分の正義”でしかない場合もある。
相手がその話題に向き合う準備ができているか?
本当に望んでいるのか?
その想像力がないまま、「正しいことだから」と押しつけてしまえば、それは“善意の暴力”になるかもしれない。
だから僕は、
「この人は、今その言葉を受け取れるだろうか?」
と問いかけてから言葉を選ぶようにしています。
“言いにくさ”は、誠実さの証
言いにくいことを言うのは、決して正義ではありません。
でも、それを「どう扱うか」は、成熟の証だと思っています。
– 自分を守るために、感情を伝える
– 相手のために言いたいときは、準備と想像力を持つ
– そして、時に“言わない勇気”を持つ
それが、“言いにくいこと”との付き合い方だと、僕は思っています。
あなたにとって、「言いにくいけれど、言うべきか迷ったこと」ってありますか?
ぜひ、一度立ち止まって考えてみてください。
その言葉が本当に誰かを救うなら、あなたの中でちゃんと形になるはずです。
本記事は、「コラム記事の達人」を活用し、録音した音声データから約10分で作成しています。「コラム記事の達人」は、nukumo社が提供する業務改善ツール「Aidia」の一機能です











