こんにちは、おぐりんです。「あなたのいない世界は、どうなってると思う?」この問いを投げかけられたとき、最初に思い浮かべたのは、きっと社会全体にはあまり変化がないだろうという現実でした。けれど同時に、特定の誰かにとっては、大きなインパクトが残る可能性もある。その両方が、静かに自分の中に同居していました。誰かにとっての「いなくなった穴」おばあちゃんが亡くなったときに感じた喪失感。それは僕のなかで今でも生きていて、ときおり自分を奮い立たせる力にもなっています。でも、他の人にとっては彼女の存在すら知らないわけで。つまり、自分という存在は、「誰か」にとっては深く影響を与えうるけれど、「社会全体」にとっては意外と無風だったりする。それでもやっぱり、誰か一人に深く届くということには、とても大きな意味があるのではないか。そんなふうに考えるようになりました。「俺がいなきゃ困る」は必要か?一緒に仕事をしている人たちは、たぶん僕が急にいなくなったら困ると思う。会社の仕組みがまだ十分に分散されていないから。だけど、それでいいとも思っていません。組織というのは「誰かがいないと回らない」ではダメなんです。「アイツがいれば助かる」と思われる存在ではいたい。でも「俺らで回せる」と言ってもらえる組織にしていかなきゃいけない。そのバランスがすごく大事で、家族でも同じだと思っています。依存でも孤立でもない、自立と支え合いの共存。それが理想です。残るのは「仕組み」じゃなくて「思想」僕がいなくなったあとに残るもの。それは、きっと「思想」なんじゃないかと思っています。仕組みやルールは時代と共に変わっていく。でも、人が大切にしていた価値観や、生き方の指針のようなものは、誰かの中に静かに残っていく。例えば、誰かの行動の根っこに、自分がかつて語った言葉が生きている。そんな痕跡の残し方が、自分にとっては最もリアルで、意味のある「影響」だと思っています。「好奇心から始めよう」とか、「自分を押し殺さないでいよう」とか、僕が日々語ってきた小さな思想の断片。それが誰かのなかで育ち、また別の誰かに伝わっていく。その連鎖こそが、僕という存在が“いなくなったあとも生き続ける方法”なのかもしれません。あなたにとって、「あなたがいなくなったあとに残るもの」は何ですか?仕組み?記憶?言葉?それとも、誰かの中に芽生える新しい価値観でしょうか?今この瞬間から、その“思想の種”をまいていけたら、きっと未来に優しい風が吹くはずです。本記事は、「コラム記事の達人」を活用し、録音した音声データから約10分で作成しています。「コラム記事の達人」は、nukumo社が提供する業務改善ツール「Aidia」の一機能です