こんにちは、おぐりんです。「“100年後の子どもたち”に、何を謝ることになりそう?」そんな問いに出会ったとき、ふと自分の中に刺さる感覚がありました。誰かに明確に迷惑をかけているわけじゃない。だけど、薄々「このままじゃまずい」と思いながら、どこかで“しょうがない”と諦めてしまっていること。あなたにも、ありませんか?私にとってそれは、「教育」です。みんなが課題感を持っているのに、変えられない現実学校で学んだことのどれだけが、今の生活に役立っているか。この問いに、自信を持って「役立っている」と言える人もいれば、そうじゃない人もいます。私自身、「あの時こう教えてもらっていたら…」と感じることがあります。しかもそれは、きっと多くの人が同じように抱えている感覚のはず。なのに、教育はなかなか変わらない。社会は進化しています。AIも、働き方も、暮らしの価値観も。なのに、教育のシステムは“時間の進み方”が違うまま。だからこそ、今すぐにでも変えなければいけない。未来に間に合わないんです。教育を変えるなら、「ゴール」から変えるべきもし本気で日本の教育を変えられるとしたら、私は「東大を変えるべき」だと思っています。もちろん、それは東京大学というひとつの大学だけを指しているのではなく、日本全体の「最高峰」とされている象徴的なゴールのこと。なぜなら、多くの学校も塾も、“東大に合格すること”を理想にして設計されています。その“ゴール”が変われば、そこに至るまでの“道筋”も変わる。逆算されてつくられた教育システム。だからこそ、逆にそこから“価値の再定義”を始める必要があると思うのです。黙っていたことより、黙り続けることの方が怖い教育は、成果が出るまでに時間がかかります。それでも、「今やらなきゃ間に合わない」と思うのは、未来の子どもたちのためです。たとえば、100年後の子どもたちに「なぜ黙っていたの?」と問われたとしたら、私は、謝るしかないと思います。でも、その「謝るしかない」という姿勢は、ただの反省ではなく、未来に対して誠実であろうとする覚悟のような気がしています。今、すぐにすべてを変えることはできない。でも、黙り続けないこと。小さくても声をあげていくこと。それが未来に向けての“予習”なのかもしれません。子どもたちへの「ありがとう」より、「問いかけられる覚悟」を教育は、世界を変えるために使える最も強力な武器であるネルソン・マンデラのこの言葉は、私の中でずっと響いています。でもその“武器”が、今は機能不全に陥っている。それに気づいているなら、私たちはいま黙っていてはいけない。未来の子どもたちに「なぜ黙っていたの?」と問われる前に、私たちはいま、問いかける側でありたいのです。本記事は、「コラム記事の達人」を活用し、録音した音声データから約10分で作成しています。「コラム記事の達人」は、nukumo社が提供する業務改善ツール「Aidia」の一機能です