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OGURIN.com

1992年8月9日、福岡県生まれ。
一般社団法人nukumo代表理事。

頭で話し、心で決める。“ズレ”に気づいて見えてきた、自己調律のかたち

公開日: 2025/7/26

こんにちは、おぐりんです。

「あなたって◯◯な人だね」
そう言われたとき、なぜか素直に喜べなかった──そんな経験、ありませんか?

私は大学生の頃、インターン先の方にこんなふうに言われたことがあります。

「あなたは感情が強く出る。でも、他人の感情は受け止める姿勢がないね。」

それは褒めでもなければ、明確な否定でもない。“評価と指摘”が混ざったような言葉でした。

そして私は、その言葉に強く引っかかった。
「たしかに…」と思う一方で、「それだけじゃない」とも思ったんです。

熱で動き、理で語る。自分の“構造”にあるズレ

私は、自分の中に“心”と“頭”が共存しているのをよく感じます。

なにかに惹かれるとき、動いているのは心。ワクワクするかどうか、衝動に突き動かされて動くことが多いんです。

でも、人と関わるとき、言葉になるのは“頭”の声なんですよね。

誰かにフィードバックをするとき、感情より先に論理が出る。だからきっと、「冷たく見える」瞬間もあったんだと思います。

少年のような心、お父さんのような頭

このズレはずっとあったし、正直、しんどさもありました。

「やりたい」と思っているのに、頭では「それ本当に意味あるの?」と問いが止まらない。

だからこそ、衝動で動いて後悔したこともあれば、頭で抑えて後悔したこともある。

私は最近、自分の中に“少年のような心”と“お父さんのような頭”がいるんだと思うようになりました。

やりたいことを叫ぶ少年と、それを冷静に見ている大人。
どちらも、私にとって欠かせない存在です。

自己調律という対話

あのときの指摘は、今振り返ればとても大切な転機でした。

ロジカルに褒め、ロジカルに意見を伝える自分。
でも、その言葉には、自分の心がのっていなかったりする。

だから今は、できるだけ“両方の声”を聞くようにしています。

感情が走ったら、一晩寝かせる。
ロジカルに納得しても、ワクワクしているかを確かめる。

頭と心が対話できるようになったことで、以前よりもずっと、自分の言葉に温度が乗るようになった気がします。

どちらかではなく、両方を持っていい

評価と自己認識のズレ。

それに気づいたとき、私たちは“自己調律”のスタートラインに立てるのかもしれません。

「これは違う」ではなく、「それもある。でも、私はこう思っている」

そんなふうに、他者の鏡を使いながら、自分のかたちをなぞっていく。

あなたの中にも、“少年の心”と“お父さんの頭”がいませんか?

どちらも、あなたという人をつくっている大切な一部。

そのバランスを感じながら、自分だけの“在り方”を育てていきましょう。

本記事は、「コラム記事の達人」を活用し、録音した音声データから約10分で作成しています。「コラム記事の達人」は、nukumo社が提供する業務改善ツール「Aidia」の一機能です

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頭で話し、心で決める。“ズレ”に気づいて見えてきた、自己調律のかたち

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