こんにちは、おぐりんです。「あのときは失敗だったな」と思う瞬間、誰にでもありますよね。私にとってそれは、創業初期の頃でした。自信に満ちて、勢いのままに動き出したあの時期。けれど、今振り返ってみると、あれは「失敗」ではなく、自分の中の推進力に“調整”が必要だと教えてくれた、大切な時間だったと感じています。過信がもたらした、ズレの連鎖当時の私は、「俺は何でもできる」と思っていたんです。だから、具体を詰めることなく動き出し、本当の意味でのコミュニケーションが取れていなかった。特に痛感したのが、「時間軸」の感覚のズレでした。登る山が“富士山”だと共有できていても、どのルートから登るか、どんなペースで進むかまで擦り合わせができていなければ、すれ違いが生まれる。自分の中では「このスピードで進もう」と思っていても、相手にとっては「まだ山小屋で休憩中」のような感覚かもしれない。それは、結果として方向性を見失うだけでなく、チームとしての推進力そのものを削いでしまう原因になるんだと痛感しました。一人の推進力と、チームの推進力は違う私は、前へ進むエネルギーには自信があります。それは私の強みでもある。でも、“一人で進む強さ”と“チームで進み続ける強さ”は、まったく違う。チームで動くときに必要なのは、「みんなで同じ方向に向かっている」という認識と、「そのスピードやアプローチを共有できているかどうか」。推進力は「合わせる力」がなければ、ただの独走になってしまうんです。再解釈が教えてくれたこと私は昔から、失敗をそのままにしないようにしています。必ず振り返って、「原因は何だったのか?」「次にどう活かすか?」を考える。それは、失敗を“未来の伏線”に変える作業だと思っています。あの創業初期の経験も、今の自分にとっては“軸”のような存在になっている。誰かと何かを始めるとき、私はまず「時間感覚」をすり合わせます。「このプロジェクト、いつまでにどんな景色を見たい?」と、目指す山と歩くスピードを最初に話す。それは、当時の失敗から学んだ“共有の大切さ”が今も生きているからです。失敗は、語れる物語になる今ではあの出来事を、全く恥だとは思っていません。むしろ、あの時期がなければ今の自分はないと、本気で思っています。当時一緒に創業した仲間とは今は別々の道を歩んでいますが、感謝の気持ちは変わりません。“失敗だった”と感じた記憶は、こうして意味を持ち直し、自分のスタンスやリーダーシップを育ててくれた。だから、今ならこの話を人に伝えることができます。「失敗は、ただのミスじゃない。そこに戻って振り返ることで、自分の登るべき山の姿がはっきりする。」それが、私があの時間から得た、何よりの学びです。本記事は、「コラム記事の達人」を活用し、録音した音声データから約10分で作成しています。「コラム記事の達人」は、nukumo社が提供する業務改善ツール「Aidia」の一機能です