こんにちは、おぐりんです。「手放す勇気がないと、いつまでも始まらない」そんな言葉を聞いて、あなたはどんなものを思い浮かべますか?モノ?人?こだわり?過去?“手放す”と聞くと、何かを捨てるような響きがありますが、私にとってそれは「更新」や「修正」に近い感覚です。時代が求めるスピードや効率の中で、私たちは「何かを手放せば、もっと良くなる」と信じる傾向があります。でも、手放すという行為は、そんなに簡単な決断ではありません。そこには、感情や記憶、自分なりのこだわりが宿っているからです。手放したことで前に進めたこと私自身、「選んだ道を正解にする」という考え方に、どこか違和感を持っていました。もちろん努力してその選択を良くしていくことは大切。でも、それが違うと感じたときに、無理に突き進む必要はないと思っています。だからこそ、「あれ、ちょっと違うな」と思った瞬間に軌道修正できること──それが本当の前進だと信じています。何かを手放すことは、必ずしも後退ではない。むしろ、自分が今どう在りたいかに正直になるための選択なんです。そしてその“今どう在りたいか”は、常に変わるもの。過去の自分の価値観に縛られて、未来を狭める必要はありません。手放すとは、変化を受け入れるということでもあります。手放さなかったことで守れたものただし、すべてが簡単に手放せるわけではありません。特に人間関係はそう。言いかけた言葉をぐっと飲み込んで、距離を取ることを選んだことが何度もあります。その時は迷いました。「もう関係を終わらせた方が楽かもしれない」とさえ思った。でも、時間が経ってみると「あのとき手放さなくてよかった」と思うことも多かった。だから私は、人との関係は“切る”のではなく、“置いておく”“距離を取る”ことがちょうどいいのだと感じています。合理的に整理していくことも大切だけど、それだけでは築けない絆もあるからです。時には“手放すこと”よりも、“そのままにしておくこと”の方が難しい。でも、時間が解決してくれること、理解が深まることで自然に変化していくこともある。だからこそ、関係性においては焦らないことが大切なのだと思います。手放すべきは、自分の脳内にあるものとはいえ、明確に「もっと早く手放しておけばよかった」と思うものもあります。それは、自分の中にある“思い込み”や“正しさ”です。プライド、常識、役割意識、「こうあるべき」という固定観念──それらは、他人のものじゃない。自分が自分に課していたものでした。それに気づいたとき、肩の力が抜けた気がしたんです。世の中は思っている以上に多様で、正解なんて一つじゃない。視点が変われば、解釈も変わる。その柔軟さを持つことが、何よりも大事だと思っています。そして、そうした思い込みの多くは「自分を守るため」に身についたものだったりします。過去の経験や傷ついた記憶が、私たちに「こうしておけば安心」というルールをつくる。でもそのルールが、いつの間にか自分を縛るようになってしまうこともあるのです。柔らかく在るということ老子の言葉に、曲なれば則ち全し(やわらかいものこそ折れずに残る)というものがあります。強くあろうとするより、柔らかくいられること。握りしめるより、手放せること。その柔らかさが、自分を苦しみから救ってくれると感じています。「絶対にこうあるべきだ」という頑なさよりも、「そうじゃなくてもいいかもしれない」という余白のある考え方のほうが、人生には必要なのかもしれません。やわらかさとは、あいまいさを許容すること。そしてその中にある、深い安心感です。あなたにとって、手放すべきものは?私たちは、外の世界を変えるより先に、自分の内側の“設定”を変えることができる。あなたが今、少し窮屈に感じているものがあるなら──それは、もしかしたら「そろそろ手放す時期ですよ」と教えてくれているサインかもしれません。無理に捨てる必要はありません。ただ、自分の思考を“更新”するだけで、見える景色が変わることがある。自分を変えるのは、他人の評価やルールではなく、自分の感覚。「今の自分には、これは必要ないかもしれない」と思えたときが、きっとそのタイミングなんだと思います。手放すとは、前に進むこと。しなやかに、生きていくこと。今日も、自分の気持ちに丁寧に耳を傾けながら進んでいきましょう。焦らなくていい。揺れながらでもいい。それが、“柔らかく強く生きる”ということなのだから。