こんにちは、おぐりんです。「子どもの夢を現実的に修正するのは親の役目か?」そう聞かれると、私ははっきり「違う」と答えます。なぜなら、“現実的”という言葉は、結局その大人の経験や想像の枠でしかないからです。特に、初めての挑戦やイノベーションは、当時の常識では「非現実的」にしか見えません。歴史を振り返れば、多くの発明や発見は「そんなの無理だ」と言われながらも実現してきました。子どもの夢は解像度が低くていい田舎育ちだった私は、子どもの頃によく「それは無理だ」と言われました。ですが、心の中では「それはあなたができなかっただけじゃない?」と思っていました。もちろん子どもの夢は、今から見れば解像度が低い。けれど、それを自分で修正していくプロセスこそが大事なんです。夢の形を少しずつ磨き、現実とすり合わせながら進む。その繰り返しが、やがて本人の力になります。大人が止めてしまえば、その過程で育つ“自分で考え、修正する力”は伸びません。危険や害がある場合は、止め方にも工夫がいるもちろん、命に関わることや他人を傷つけるような夢は放置できません。ただ、それも「禁止」ではなく、問いかけと対話で気づかせるべきだと思っています。「それをやると、誰がどうなる?」と具体的にイメージさせたり、実際の事例や例え話で置き換えたり。危険性を伝えるにも、押し付けではなく本人の想像力を使わせることが大切です。こうしたやり取りを幼少期から繰り返すことで、自分で判断する力が育ちます。そうすれば、大人がいない場面でも自分でブレーキをかけられるようになります。社会の成長は、世代を超える挑戦から生まれるスポーツの世界を見てもそうです。かつて日本代表になることが夢の頂点だったサッカーは、今や多くの選手が海外で活躍しています。野球でも、メジャーリーグで日本人選手が結果を出すのは当たり前の時代になりました。これは、先輩たちが築いた道を、後輩たちがさらに越えてきた結果です。もしも昔の選手が「現実的に考えろ」と若手を枠に押し込んでいたら、この循環は生まれなかったでしょう。挑戦を許し、失敗も含めて経験させたからこそ、新しい舞台に立てる人材が生まれたのです。現実的という名の固定概念は、次の成長を阻む壁になり得ます。特に社会の変化が激しい現代では、そのリスクはさらに大きく、変化に乗り遅れること自体が最大の損失になりかねません。大人の役目は、夢を縮めることではなく視野を広げること子どもが夢を追いながら、自分なりの修正を重ねていく。そのプロセスを信じ、問いを投げかけることが、大人にできる最大のサポートだと思います。「現実的に修正する」のではなく、「こうなるかもしれないけど、そこはどう考えてる?」と促す。ときには情報や経験を提供して、夢を広げるための材料を渡す。そうやって、本人が自分で方向を決められるよう支えるのです。その先にこそ、固定概念を超える新しい社会をつくる力が生まれます。そして、それを見守ることが、次世代への最高の贈り物になるのではないでしょうか。