こんにちは、おぐりんです。ここでいう「第1.5の場所」という言葉には、ただの比喩を超えて、家庭や学校、職場といった従来の枠組みに収まりきらない“もうひとつの居場所”を指す思いがあります。私自身、こうした場所に何度も救われ、また多くの人がそこから力を得てきたのを目にしてきました。だからこそ、この概念を少し掘り下げて共有したいと思うのです。「サードプレイス(第3の場所)」という言葉を聞いたことはありますか?家庭(第1の場所)でも職場(第2の場所)でもない、心地よい中間地帯。社会学者レイ・オルデンバーグが提唱したこの概念は、カフェや地域の集いの場を語るときによく使われます。けれど、私がつくりたい場所は、少し違うかもしれません。それは“中間”というよりも、家庭に近い「第1.5の場所」。家庭のような温もりと、仲間のようなつながりが共存する、そんな場です。「ゆるいけど信頼できる関係性」私が目指すのは、ルールで縛るのではなく、お互いを尊重し合い、支え合い、刺激を与え合える関係性。そこでは泣いても、怒っても、だらけてもいい。むしろそうした姿を受け止められるからこそ、安心と自己表現の自由が同時に生まれるのだと思います。弊社が運営する都内にある多家族シェアハウス nukumo houseも、そんな感覚で育ってきた場所です。誰かにとっては第3の場所かもしれないし、誰かにとっては家の延長のように感じられるかもしれない。大事なのは「型にはめること」ではなく、「そこでどう在れるか」なのです。卒業しても残る「仲間である」という感覚よく「そこでどんな力を身につけられるのか?」と聞かれることがあります。でも、私が仲間に求めるものは特にありません。大切なのは、卒業してもずっと仲間であり続けること。その核心は「気にかける」というささやかな感覚だと思っています。※ ここでいう卒業は、シェアハウスの退去のことを指します。「最近元気かな?」「仕事はうまくいっているかな?」そんな風に、ふとしたときに相手のことを思い出す。その関心が薄くても続いている限り、関係は途切れないのだと思います。「気になる」という静かな力「何かしてあげたい」よりも、ただ「気になる」という感覚。それは一見小さなことですが、実はとても強い力です。そこには押しつけも期待もなく、ただその人の存在を大切に思っている気持ちがあるからです。この“気になる力”こそ、仲間であり続けることを可能にする土台なのではないでしょうか。サードプレイスを超えてオルデンバーグのいうサードプレイスが「心地よい中間地帯」だとすれば、第1.5の場所は「家庭の再定義」に近い存在です。居場所というよりも、人としてどう在るかを支える土壌。そこに共にいた時間や記憶が残り続けることで、卒業した後も「帰れる場所」として生き続けていくのだと思います。まとめ──仲間であり続けるという希望成果や成長で測るのではなく、「誰かとどう在れたか」でつながりを捉えること。「第1.5の場所」は、そんな関係性を育てるための温かな土壌です。サードプレイスを超えて、もっと家庭的で、もっと自由で、もっと尊重に満ちた場。そこから育った仲間たちが、いつでも戻ってこられる。そんな希望を持てる場所を、私はこれからも大切にしていきたいと思います。