
IではなくWeで考える──“好き”と合理のあいだにある僕のルール
公開日: 2025/9/22
こんにちは、おぐりんです。
スティーブ・ジョブズはこう言いました。
「好きなことをやれ。そうすれば多くの人を動かせる」。
とても力強いメッセージですよね。好きなことに全力で取り組む姿勢は、多くの人に勇気を与えます。でも、私はこの言葉に少し違和感も覚えます。なぜなら「好き」だけを突き詰めることと、社会や仲間と調和することとのあいだには、時に矛盾が生まれるからです。
「好き」を優先することは、自分の人生を彩る大事な選択です。でも同時に、私たちは他者と共に生きています。仲間や組織、社会との関わりを無視して“好き”を追求するのは、必ずしもプラスに働くとは限らない。だから私は、“I”だけではなく“We”の視点を大切にしています。
「好き」と「求められること」がぶつかるとき
私自身、学生時代に経験した合唱コンクールは、あまり好きな時間ではありませんでした。歌うことより、他にやりたいことがあったのです。でも、学校という環境を自ら選んでいる以上、その行事には参加する責任があると感じていました。
ここで私が学んだのは、「好きじゃないから逃げる」という姿勢ではなく、その場にコミットした以上は従うというルールです。自分の気持ちと集団の要請がぶつかったとき、「どう選ぶか」は私の人生の中で大きなテーマになってきました。
そして今でも、「本当は別のことをしたいけれど、合理的に考えれば従うべきだ」という場面はあります。社会人になれば、仕事や家庭の事情など、合唱コンクールよりもはるかに重たい責任がのしかかります。だからこそ、好きと合理の折り合いをつける感覚は、生活全般で欠かせないものになっているのです。
譲れない「好き」は先に守る
とはいえ、何でも周囲に合わせてしまえば、自分がどんどんすり減ってしまいます。だから私は「絶対に譲れない好き」は先に守るようにしています。
たとえば、私はサッカー観戦が大好きです。試合の日は必ずスケジュールに入れて、前後に予定を入れないようにします。自分にとって大切な時間を先に確保することで、他の予定と衝突しないように工夫しているのです。
この工夫は小さなことに見えるかもしれません。でも、好きなことを大事にできない生活は、心が貧しくなってしまいます。だから私は、好きと合理を両立させるために「守るべき好きは最初に確保する」ことをルール化しています。
こうした二重のルール――譲れない好きは守り、コミットした環境には従う――によって、私は自分の納得感と集団の合理性を同時に成立させています。
IではなくWeで考える
さらにもうひとつ、私が大切にしていることがあります。それは、主語を「I」ではなく「We」で考えることです。
自分の好きなことを突き詰めるのは確かに魅力的です。でも、その選択が仲間や第三者に迷惑をかけないかを常に考えます。好きのために孤立するのではなく、好きのために仲間と動けるかどうか。ここが私の判断基準です。
これまで出会ってきた人の中で、本当に多くの仲間を得ている人は、必ずしも「I」で突き抜けたタイプではありませんでした。むしろ「We」を意識しながら、自分の好きと他人の思いを調和させられる人のまわりに、自然と人が集まっていたのです。私はそれを何度も目の当たりにしてきました。
好きと合理のあいだで生まれる力
ジョブズは「好き」を絶対視しました。それは彼の生き方として正しかったのだと思います。でも、私にとっては「合理」や「仲間との関係性」も同じくらい大切です。
好きだけを追いかけると、周囲との関係が壊れることもあります。逆に合理だけに従ってしまうと、自分が消えてしまう。だから私は、この両者のあいだに立ち、バランスをとること自体が力になると考えています。
「Weを意識した好き」こそが、人を動かす力になるのではないでしょうか。自分の好きなことを大事にしながら、その好きが仲間とつながり、共に進める形を選ぶ。そこから新しい価値が生まれると信じています。
最後に問いかけたいこと
あなたにとって、「好き」と「合理」の境界線はどこにありますか?
誰にでも譲れない「好き」があると思います。でも同時に、誰にでも守るべき環境や人間関係があります。もしその両方がぶつかったとき、あなたはどんなルールで選びますか?
もしかしたら、その答えを探す過程こそが、あなた自身の“生き方”を形づくっていくのかもしれません。










































