こんにちは、おぐりんです。「レジリエンス社会」という言葉を耳にしたことはありますか?災害や経済ショック、パンデミックなど、大きな危機に直面しても倒れず、しなやかに立ち上がることのできる社会。それをどうデザインしていくかは、これからの時代の大きな課題です。私自身、コロナ禍を経験して強く感じたのは──危機の本質は、人が合理的に動けなくなることだということです。恐怖や不安が前に出て、冷静な判断や他者への配慮が難しくなる。だからこそ、制度や技術だけではなく、人と人との信頼が不可欠になります。言い換えれば、制度も人間関係も、すべては「人間の弱さ」を前提にした仕組みづくりが必要なのです。制度と信頼、どちらも欠かせない「制度で備える社会」と「信頼で支え合う社会」。どちらかを天秤にかけるのではなく、両方が必要です。制度が整っていれば緊急時の指揮系統や救援が滞りなく動き出します。しかし、制度だけでは足りない場面が必ず訪れます。停電や物流の途絶といった局面では、人の善意や助け合いが大きな力になるからです。たとえばコロナ禍のとき、国や自治体の制度的支援が整うまでに時間がかかった部分もありました。その間、人々を支えたのは近所の助け合いであり、地域コミュニティのネットワークでした。制度は人を守る仕組み、信頼は人を動かす力。どちらかが欠けても社会は危機を乗り越えられないことを、私たちは経験を通して学んできました。それでも危機を突破するのは“意思決定”ただし、制度と信頼が整っていても、危機の渦中ではそれだけで十分ではありません。なぜなら、危機とは往々にして前例のない状況だからです。正解を誰も持っていない中で、人々の不安は増幅し、行動は鈍ります。私が特に感じたのは、危機の最中に必要なのは「意思決定」だということです。しかも、正しい答えを知っていることではなく、決めて動き、修正し続ける胆力こそが鍵になる。たとえばコロナ禍では、科学的知見が日々更新される中で、決断を下すリーダーは「昨日の正解が今日は間違いになる」状況に直面しました。そのときに大切なのは、正解を探し続けて迷うことではなく、「いまの最適」を選び、行動し、結果を見て修正する。このサイクルを止めないことです。決断と修正の循環こそが、危機を切り抜ける力になるのです。レジリエンス社会の三つの要素こうして振り返ると、危機に強い社会をデザインするためには三つの柱が必要です。制度や技術という土台(危機対応の基盤を整える)信頼やコミュニティという関係性(人を支える温もりを生む)そして、意思決定を止めないリーダーの存在(前例なき局面を突破する力)この三つが揃ってこそ、レジリエンス社会は成り立つのだと考えています。制度だけでも、信頼だけでも、リーダーだけでも不十分。三位一体で組み合わさることで、社会は初めて「しなやかさ」を持てるのです。レジリエンス社会におけるリーダー像ここで言うリーダーとは、必ずしも政治家や大企業の経営者だけを指すわけではありません。地域の中で決断し行動する人、学校や職場で仲間を導く人、家庭で日々判断を重ねる親もまた、危機における小さなリーダーです。大きな危機の時代には、社会の至るところで大小さまざまなリーダーが必要になります。そしてそのリーダーに求められるのは、完璧な正解を持つことではなく、不完全さを受け入れたうえで動き続ける力。これは誰もが育てられる資質であり、教育や日常の実践を通じて磨かれていくものだと私は考えています。あなたにとっての“危機を支える力”は?危機は避けられないものです。でも、そこで何を支えにできるかは、日常の私たちの選択にかかっています。普段からどんな制度を求め、どんな信頼関係を築き、どんなリーダーを育てていくか。それらが積み重なって、社会のレジリエンスが形づくられていきます。制度に信頼を足すのか。信頼に制度を足すのか。そして、その両方を動かすリーダーをどう育てていくのか。問いかけてみてください。あなたが望む“危機に強い社会”は、どんな姿をしていますか?そしてもうひとつ。あなた自身が日常のなかで小さなリーダーシップを発揮するとしたら、どんな意思決定をしてみたいですか? それは家庭でのことかもしれないし、職場でのことかもしれません。危機を乗り越える社会は、日常の小さな決断の積み重ねから生まれる。そう信じています。