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OGURIN.com

1992年8月9日、福岡県生まれ。
一般社団法人nukumo代表理事。

我々は未来を借りて生きている

公開日: 2025/10/3

こんにちは、おぐりんです。

「我々は地球を祖先から受け継いだのではなく、子孫から借りている」

ネイティブアメリカンのこの言葉に、僕は深く頷かされました。
未来って、“先のこと”というより、“誰かのこと”なんじゃないか。しかも、それは遠くの誰かではなく、自分の孫のような存在。

例えば、60歳で孫が生まれたとして、その子が20歳になるのは約100年後。そんなふうに考えると、未来が少し身近に感じられる気がします。

未来を“時間”として捉えるのではなく、“関係性”として捉える。そうすると、未来は抽象的なものではなく、具体的で感情のあるものに変わる。未来とは、今の延長線上にある「誰かの暮らし」なのだと気づかされます。

孫世代を想像できると、未来が自分ごとになる

今の社会は、自分たちの世代が得をすることを基準に成り立っている部分があると思います。資本主義の仕組み、年金制度、環境への影響……。

でも、今の“得”の裏には、次の世代の“不採”があるのではないかと感じるんです。
たとえば、地球環境。経済成長や快適な暮らしの代償として、大気や海が汚れたり、生態系が壊れたりしている。いま誰も困っていないかもしれないけど、それを引き継ぐのは誰なのか。

答えは明確で、“自分の大切な孫”です。

そして、それは特別なことではなく、ごく自然な感情なのだと思います。目の前に愛する存在がいたら、その人のためにできる限りのことをしたくなる。それが孫だったらどうでしょう。直接まだ出会っていなくても、その存在を想像することで、未来の感度が一気に変わってくるんです。

未来は、子孫の暮らしをどれだけリアルに思い描けるかで、自分の選択も変わってくる。その発想は、僕自身の生活や価値観にも少しずつ影響を与えています。

お金では買えない安心感──共助の価値

もちろん、未来を守るためには、ある程度の余裕や環境が必要だと思います。自分に余白がなければ、孫のことなんて考えられない。そういう現実もあります。

でもだからこそ、僕は「共助」という考え方が大切なんじゃないかと思うんです。

お金で何でも解決できる時代は、もう終わりに近づいているかもしれません。代わりに、“安心”や“希望”のような、目に見えない価値をどう共有していくかが問われる時代になる。そんな中で、支え合いの仕組みや価値観をどう育てるかが、孫世代の未来に直結していく気がしています。

共助とは、「誰かを助けること」ではなく、「互いに支え合うこと」。それは、単なる道徳的な話ではなく、未来の暮らしを持続可能にする社会インフラの一部だと思います。共助の精神が文化として根づいていくことで、孤独や不安に押しつぶされる人を減らせるかもしれません。

たとえば、身近な人と「ちょっと困ってるんだよね」と言い合える関係性。それを許容する空気。それは、経済的支援だけでは補えない“心理的安全”の土台になります。そしてそれこそが、孫たちが未来に生きる上で、本当の意味での豊かさに近いと感じています。

僕が残したいのは、問いを投げかける物語

そんな想いをかたちにするなら、僕は“映像作品”をつくりたい。

今の21世紀的な損得勘定で突き進んだ社会の先に、孫世代が苦しんでいる。そんな未来を舞台にしたSF映画を、全力で描いてみたい。

ただ悲劇を描くのではなく、「このままでいいのか?」という問いを観た人に残すような作品。

ハッピーエンドじゃなくてもいい。でも、その映画が観た人の未来を少しでも変えるきっかけになるなら、それはとても価値のあることだと思います。

物語の力は、理屈では届かない場所に言葉を届けてくれます。感情を揺さぶり、行動の種をまいてくれる。その力を信じて、社会や未来について考える“入口”をつくっていきたい。

もしかしたら、今こうして語っているこの思いも、誰かの心に残る「問い」になるかもしれない。そう考えると、自分が表現を通じてできることは、まだまだあるのではないかと感じます。

未来は、“今”からはじまる

夢を語るとき、遠いゴールを掲げるよりも、今できる一歩を積み重ねることの方が大切だと、僕は思っています。

孫世代の幸せな未来を想像すること。
その想像を、今の行動に変えること。

それはきっと、僕たち自身の生き方を少しずつ変えていくはずです。

未来は誰かのものじゃなく、今を生きる僕らの手の中にある。
そしてその未来は、誰かから“借りている”ものなんだと、忘れずにいたいですね。

未来を語るとき、正しさではなく優しさを持っていたい。
「こうあるべきだ」ではなく、「こうだったら素敵じゃない?」と問いかけること。

そんな風に、未来を“対話の余白”として開いていく。それが、僕にとっての小さな挑戦です。

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