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OGURIN.com

1992年8月9日、福岡県生まれ。
一般社団法人nukumo代表理事。

無意識は敵じゃない──“気づいたらYouTube”から見える自分の欲求地図

公開日: 2025/11/25

こんにちは、おぐりんです。

気づいたらYouTubeを開いていた
そんな瞬間、ありませんか?

僕もよくあります。指が勝手に動いて、気づいたらおすすめ動画の無限ループに入り込んでいる。気づいてから、「また見ちゃったな」と少しだけ反省する。でも最近、その行動を“悪い癖”と切り捨てるのは、ちょっと違うかもしれないと思うようになりました。

実はその「気づいたら開いている瞬間」こそが、無意識の声が最も強く現れているタイミングなのかもしれません。僕たちは意識的に選んでいると思っていても、実はもっと深いところで、何かが僕たちを動かしているのです。

無意識は「敵」ではなく、「観察対象」

心理学者フロイトは、人の心を“氷山”に例えました。水面に出ている小さな部分が意識で、その下に広がる巨大な塊が無意識。人は、自分のほんの一部しか自覚できていないというわけです。

つまり、人の行動の多くは“自分でも気づかない力”によって動かされているということです。言い換えれば、無意識は僕たちの「見えないエンジン」なのです。

これを知って以来、僕は「無意識にやってしまうこと」を責めるのをやめました。なぜなら、それは自分の状態を知らせてくれるサインだからです。無意識が悪いのではなく、むしろその存在をどう観察するかが大切なのです。

疲れているとき、集中が切れたとき、モチベーションが下がっているとき、僕の指は勝手にYouTubeを開きます。それは、「少し休んだほうがいいよ」「今は思考が詰まってるよ」という無意識からのメッセージなのかもしれません。

そして面白いのは、そうやって“何気ない行動”に気づいた瞬間、意識と無意識がふっと重なること。まるで心の奥底で眠っていた自分が、そっと顔を出すような感覚です。

「行動の前」にこそ本音がある

人はつい、「行動そのもの」に注目しがちです。たとえば「YouTubeを見た」という結果。でも本当に見るべきは、その直前の一瞬なんですよね。

集中が切れたのか、不安を感じたのか、退屈を感じたのか。無意識は、行動を起こす“ほんの前”に顔を出しています。その刹那的な揺れこそが、心の微細なサインです。

フロイトの言葉を借りるなら、「あなたがなぜそれをしたのかを知らないとき、そこにあなた自身が隠れている」。この言葉は、単なる哲学ではなく、日常の観察法としてとても実践的だと思います。

「また見てた」と落ち込む前に、「なんで今、YouTubeを開きたくなったんだろう?」と立ち止まること。そのたった数秒の思考が、自分の行動パターンを理解するための入り口になります。無意識の小さな波をキャッチできるようになると、心の流れを読む感覚が育ってくるんです。

無意識の行動をアップデートする

僕は最近、YouTubeを見たくなったとき、あえて自分に問いを投げるようにしています。

「いま、何に疲れてる?」
「何か逃げたいことがある?」
「それとも、ただリラックスしたいだけ?」

最初は曖昧でもいいんです。ただ問いを置くだけで、思考が静まり、心が整理されていく。やがて、自分の“心の地図”が少しずつ見えてくる気がします。YouTubeを見ていた時間が、いつのまにか自己理解の時間に変わるんです。

そして、この「観察の習慣」は、日常の他の場面にも広がります。例えば、スマホを無意識に触るとき、誰かの投稿を見てモヤッとするとき、つい後回しにしてしまうとき。そういう瞬間にも、同じ構造が潜んでいる。つまり、無意識のパターンを見抜くことが、自己理解の最短ルートなんです。

だから、僕にとってYouTubeは悪者ではありません。むしろ、自分のコンディションを教えてくれるセンサーみたいな存在です。行動を観察するだけで、無意識の地層が少しずつ見えてくるんですよね。

「やめる」より、「それよりワクワクすることをつくる」

僕がもし、YouTubeを“問題”だと感じるときがあるとしたら、それはほかに夢中になれるものがない状態なんだと思います。逆に言えば、やりたいことがあって没頭しているときは、YouTubeを開く余地すらない。

だから、「やめよう」と努力するよりも、「それよりワクワクすることを見つけよう」と思うようにしています。夢中になれるものがあれば、自然と“無意識の流れ”も変わっていく。やめる努力より、惹かれる力のほうがずっと強いからです。

そしてその“ワクワク”の源泉も、やっぱり無意識の中にある。本当にやりたいことや、本能的に惹かれるものは、意識では説明できない。だから、無意識と仲良くなることは、人生の舵を取り戻すことでもあるんです。

行動を変えるより、行動の裏にある“欲求の構造”を見に行く。そこにこそ、自分をアップデートするヒントが隠れている気がします。観察することで、自分のパターンが見え、パターンが見えることで、新しい選択肢が生まれる。そうして少しずつ、無意識が味方になっていくのです。

無意識の声に耳をすませて生きる

無意識は、抑えるべき敵ではなく、対話すべき相棒。その声を無視するほど、僕たちは自分から遠ざかってしまう。

気づいたらYouTubeを開いていた。その小さな行動の裏に、疲労、退屈、欲求、あるいは好奇心が隠れている。そこに気づけると、日常の一つひとつが“自分を知るレッスン”になります。

日常に潜む無意識の声をキャッチすることは、瞑想や日記のような内省と同じくらい大切です。心の微かな揺れを観察できると、他人の行動にも優しくなれる。なぜなら、人の「癖」や「衝動」もまた、その人なりの無意識のサインだから。

「なぜこれをしたのか」を丁寧に見つめることで、僕たちは少しずつ、自分という無意識の地図を描いていけるのかもしれません。

あなたは最近、どんな“気づいたらやっていたこと”がありますか?
その無意識の行動こそ、次の自分を見つける入口かもしれません。

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無意識は敵じゃない──“気づいたらYouTube”から見える自分の欲求地図